京極夏彦 2007年 講談社文庫版
京極堂シリーズ(正しくは百鬼夜行シリーズというらしい)は出てるだけ読んでしまおうと思い立って、去年の10月くらいかな、まだ読んでなかったこれ買った、読んだの最近だけど。
でも、これは長編ぢゃなくて、短篇が三つおさめられている。
「五徳猫 薔薇十字探偵の慨然」
「雲外鏡 薔薇十字探偵の然疑」
「面霊気 薔薇十字探偵の疑惑」
そう、京極堂が主人公ぢゃなく、東京神田に事務所をかまえる薔薇十字探偵社の榎木津礼二郎がメインのおはなし、いいねえ私はこの探偵が好きだ。
いわく本書での紹介のされかたのひとつに、
>眉目秀麗にして腕力最強。上流にして高学歴。破天荒にして非常識。豪放磊落にして天衣無縫。世の中の常識が十割通じない、怖いものなどひとつもない、他人の名前を覚えない、他人を見たら下僕と思う――調査も捜査も推理もしない、天下無敵の薔薇十字探偵。(p.46)
ということになる、かっこいいったらありゃしない。
語り手の「僕」というのは、電気配線会社の図面引きを仕事にしている本島という男。
前の同じように榎木津探偵が中心に書かれた「百器徒然袋―雨」から引き続き登場ということだが、私はすっかり忘れていた、読んだの6年前で、その後読み返していないからねえ。(この探偵が好きとかいうわりには熱心に再読したりしてない。)
この本島は、思いっきり凡庸で鈍くて存在感がないってキャラになってる、京極堂からは榎木津と関わると馬鹿になるからよせと言われてるのに、なにかと巻き込まれるという設定。
京極堂の榎木津評は、たとえば、
>帝王学を学んでいるのだ。厭なことはしないし肚が立てば暴れるし、面白ければ何度でもやる。子供だな子供(p.149)
ということになる、まあ当たってます、当然のことながら。
でも、榎木津本人の語る探偵像は、
>制裁を加えるのは探偵の仕事ではないぞ。探偵は経緯と構造を解き明かすのが本分なのであって、その結果現れた事象に就いて、それがどれだけバランスを欠く形であったとしても――均衡を取るような真似をしてはならないのだ。均衡をとって秩序を保つのは司直の仕事だ。(p.158)
とか、
>この世界に於ける探偵と云うのは、世界の本質を非経験的に知り得る特権的な超越者なのであって、姑息にこそこそ覗き見し回るコソ泥野郎なんかとは天と地、土星と土瓶程に開きがあるものだろうがッ。(p.656)
というもので、その自らの信条を忠実に行動に移してるんである。
収録三篇のうち、最初の「五徳猫」は、シリーズらしい因縁の入り組んだ背景のありそうな事件でおもしろいんだけど、あとの二つは榎木津を敵視する勢力がちょっかい出してくるというだけで、特に驚かされるようなとこがない。
最初のには、鍛冶が媼(ばば)って、お婆さんを喰い殺してなり代わる獣にまつわる伝説がひきあいに出されるけど、あとの二つは銅鏡とか鬼のお面とか小道具はあっても妖怪や伝説の寓意のテイストが足りないんで、やや魅力に欠ける。
最初のがおもしろいのは、以前べつの短編集に出てきた沼上や、こともあろうに京極堂が、相手を罠にかけるためにとんでもない猿芝居をしたりして、みんな遊んでるってとこ、シリーズ本流とはちがって暗いとこのない喜劇で笑える。