こんにちは、松田越百(まつだ・こすも)です。
前回のエントリーで、「何かを捨てることで、何かを得る」ことについて触れました。今回は、そのコンセプトで成功している実例をご紹介します。
私は趣味で写真を撮っているのですが、リコーのカメラの大ファンです。実に、5台所有しているカメラのうちの3台はリコーのカメラです。しかし、特に写真に興味のない方は、リコーがカメラを生産していることもご存知ないのではないでしょうか?リコーのカメラは一般的な認知度は低いのですが、マニア層の一部には大変熱心なファンがいます。そんなリコーの機種の中でも、特に高い支持を得ている「GR」というシリーズがあります。
http://www.pentax.jp/japan/products/gr_special/
このGRシリーズは、フィルムカメラとして1996年に初めて市場に投入され、2005年には初のデジタル製品である「GR Digtal」に進化。その後もほぼ2年おきにモデルチェンジを繰り返し、2013年5月には現行機種である「GR」が発売されました。
実に17年という長期間にわたり、単一シリーズとして維持されてきた超ロングセラー製品です。最新機種である「GR」も、価格コムのデジタルカメラ分野の注目ランキングでは4位に入るという健闘ぶりです(本エントリー執筆時点)。
http://kakaku.com/camera/digital-camera/
歴代のGRは、廉価なコンパクト・カメラと、本格的な一眼レフの中間である、「高級コンパクト」と言われる製品カテゴリーに属します。価格帯でいうと大体4万円から5万円、便利で高性能なズームレンズと、高品位な大型撮像センサーを搭載した機種が多いカテゴリーです。
そんな中、最新のGRは、便利なズーム・レンズではなく単焦点の固定レンズを採用しています(歴代GRの共通コンセプト)。また、市場価格は約8万円と、同カテゴリー製品の平均を大きく上回る価格です。そんな機種にもかかわらず、価格コムの注目ランキングでは4位に入る人気ぶりなのです。
なぜGRはそれほど支持されるのでしょうか?
少し前の記事ですが、その秘密に迫る、GRのブランドマネージャーへのインタビュー記事があります。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20101001/1033237/?rt=nocnt
記事中にもありますが、GRシリーズに共通するコンセプトは、他製品にあるはずのものが、「ない」ことなのです。
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モデルチェンジしてもデザインが大きく変わら「ない」
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あると便利なもの(ズーム/レンズ交換)が「ない」
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マス広告をし「ない」
何故「ない」ことが成功につながっているのか?
まず、ズーム/レンズ交換という便利なものを諦めたことで、次のメリットが得られました。
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レンズと撮像センサーの位置が固定されるので、光学設計が容易になり、高品位な画質が得られる。
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機構が簡単になり、ボディが軽く、小さくなる。
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焦点距離が一定なので、カメラが捉える視界の範囲(「画角」と言います)が一定になる。慣れればファインダーを覗かなくても、どんな画が撮れるか感覚的につかめるようになる。
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製品コストを低く抑えられる。
これにより、GRは、常に片手で携帯して、瞬間的なシャッターチャンスを高画質で捉えられる、「高品位スナップ・シューター」という特性を手に入れました。
次に、小型軽量なボディ・デザインを代々受け継ぐことで、「GR=瞬間的なシャッターチャンスを狙うためのスナップ・シューター」という、ブランドイメージを維持・強化して来ました。デザインを大きく変えないことは、開発・設計費の低減にもつながります。
さらに、マス広告をしないことで、当然ながら製品の価格を低く抑えることができます。
全体をまとめると、GRシリーズは、多くの消費者にアピールするわかりやすい製品設計や広告を諦めたことで、スナップ撮影という特定用途では抜群の使いやすさを発揮する、ニッチ市場向け製品の成功例と言えます。もちろん、ニッチ市場向け製品というポジションを取った時点で、大きな市場シェアや、大きな販売台数を諦めていることも見逃せません。量産効果によるコスト低減が狙いにくい、というデメリットは、広告費や開発費の抑制でカバーしているのだと思います。
GRシリーズの「何かを諦めたことで、何かを得た」という事例は、特にリソースに制約の多い中小企業にとって、参考となる差別化戦略ではないでしょうか。事実、冒頭に述べた通り、リコーはデジタルカメラ市場の中では小規模プレイヤーになります。そんなリコーだからこそとり得た戦略かもしれません。
追伸:趣味丸出しの話ですみません。