立位の運動、負荷をかけてのギギギー、うーーーん、と感じても
行う運動を続けて3日間。
3日坊主にならないように、今日も頑張らないと。です。笑い
どんなに、筋がめりめりいっても術足はなんともありません。
術後6ヶ月経てば、切った組織も修復されて、大腿骨に入れた人工骨も
自分の骨にくっついてなじんでいますから、、私の場合ですが。
過保護にしては、いけません。
でも、未術足の心配もありますから、、様子をみながら
自分の体の声を聞き逃さずに、気を付けて行っています。
朝起きて、筋肉痛もなくなってきました。
筋肉がなじんでいくような感覚があります。
しっかり、応えている体に感謝です!
さて、今日も昨日の続き 私の愛読紙『高野山教報』から
『密教人間の空海 2』ひろさちや
~密教人間というのは、仏になろうとするのではなく、
自分ですでに仏なんだという自覚に生きる人間です。~ の続き
空海の人生は、世間並みの表現でもってすれば挫折から始まっています。
18歳で大学に入学したのはいいが、いつのまにか中途退学する羽目に
なってしまった。
それも成績不良のためではなく、行きたくないから行かなくなって、
そのまま自然に退学することになったのだと思われます。
そして、山野を跋渉し、仏教者に接近しています。
普通であれば、こういうとき人々は悩みます。
くよくよ、じくじくとします。
しかし、彼が悩んだ形跡はありません。
たぶん空海は、
ー人生というものは、なるようにしかならないさー
と達観していたのでしょう。
あくせく、じたばたしたって、どうなるわけではありません。
密教人間というのは、人生の今ある状況をそのまま受け入れて
そこで楽しくやっていける人間です。
空海はそういう人間だったと思います。
そうするとおもしろいもので、周囲は密教人間に都合の良いように
好転します。
空海が唐に渡り、仏典のほかさまざまな文物を持ち帰り、
朝廷からは東寺や高野山を賜り、押しも押されもせぬ仏教の第一人者
となったことは、いまさらわたしが触れるまでもないことです。
没後、空海には弘法大師と諡号が贈られましたが、この大師号を
贈られたのはほかにも大勢いるのに、今日では"お大師さん"といえば
空海を指すようになっています。
ともあれ、空海は日本の仏教史上のナンバーワンであることに
まちがいありません。
それもこれも、空海が密教人間であったからだと思います。
次回に続く
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ー人生というものは、なるようにしかならないさー
―明日は明日の風が吹くー
あくせくじたばたしたって、どうなるわけではありません。
コロナ禍で、高齢者で股関節が悪くても
どうなるわけでもありません。
今ある状況を受け入れて、そこで楽しくやっていける人間。
私も密教人間だ! と嬉しくなりました。
皆さん、元気に笑顔でがんばろうーー!!!
『変形性股関節症に負けないでね!』