沢知恵さんの書かれた修士論文を読みました。
138頁もある冊子になりました。
論文の中心部分の第2章は全国公立ハンセン病療養所の園歌についての調査、分析です。
今までこのような研究は行われてきていません。
沢さんが最初で最後でしょう。
大変な成果です。
沢さんでなければ成し得なかったことです。
その理由は、ハンセン病療養所との深い関わりです。
香川県の大島青松園に牧師であった父親に連れられて訪問したのは沢さんが幼児であったとき(50年近く前でしょう)です。
以来、ハンセン病療養所と回復者への思いを持ち続け、ハンセン病療養所へ通われています。
現在、岡山県(その大島青松園を含め3つの療養所がある瀬戸内海に面している)に転居された理由のひとつは療養所との関わりからでしょう。
沢さんは音楽家ですから、療養所を訪問する際には必ずと言っていいほど演奏(歌唱を含む)されます。
その演奏は、ご自身の曲であったり、聖歌であったり、園歌だったことでしょう。
特に園歌を歌っていた音楽家はほとんどいないのではないでしょうか。
作詞作曲は著名な音楽家だったことが多いのですが。
このことが、園歌を研究することにつながっていると思います。
沢さんの自宅の近くに岡山大学のキャンパスがあります。
大学院に入り3年間の研究の成果が論文として発表されたことになります。
第1章は、歴史的経緯と社会的背景です。
日本のハンセン病政策、近代化政策としての唱和教育とコミュニティ・ソングの隆盛など。
非常にわかりやすくまとめられています。
第2章 ハンセン病療養所の園歌
全国13の公立療養所の園歌についての研究です。圧巻です。
第3節は 貞明皇后の御歌《つれづれの》。皇室との関わりです。
これはまったく知りませんでした。
今に続く皇室の役割がここでも見られます。
特に戦前は国家一大家族の家長的な役割を担っていたことがわかります。
第3章が、抑圧と解放のはざまです。
では、療養所の入所者の方の園歌への思いはどうだったのか。
また、盆踊りなどで歌われる音頭や数え歌とは。
まさに「抑圧と解放のはざま」を推し量ります。
沢さんは、「小さくされたもの」「弱きもの」「社会の辺境に追いやられたもの」にこころを寄せる人です。
はじめに に書かれています。
「深海に生きる魚族のやうに、自らが燃えなければ何処にも光はない」明石海人(長島愛生園に生きた歌人)を引き
〔深海とはどのような世界であったのか。そこに生きる魚族とは何者であったのか。自ら燃えるとはどういうことなのか。〕
沢さんの探索は続きます。
お読みいただきありがとうございました。