毎晩、7時過ぎに総合グランドを一時間ほど散歩を続けています。
父親は喜んで車いすに乗ります。
会話は毎日同じです。
競技場の照明に「ぼっけい明るいな」
木々を見ては「大きゅうなったな」
道が分からずに「何処へ、いきょんなら」
公園の灯りの下で、ダンスや縄跳びの練習に余念のない若者には「晩飯は食べたんか」
明るい照明をみては、「だれが金はろうとんなら」
人を批判することはなくなりました。
笑顔で「ありがとう、ありがとう」と言います。
かつてとは性格が変わったようです。
笑顔が増えました。
問題行動がないので精神的には楽です。
しかし、自分にできることは少なくなっています。
本人には病識はありません。
今夜は月を見ながら、40mは自力で歩きました。
かつては面倒なことは嫌がっていましたが、今は素直に聞きます。
定期的なトイレ誘導も聞いてくれます。
母親は父の認知症の理解がなかなか難しいようです。
父親にいろいろ質問しては困らせています。
認知症が進む夫を認めにくいのかもしれません。
認知症も、その人の人生の一部です。
まわりにいると学ぶことが多いです。
※秋祭
父親は喜んで車いすに乗ります。
会話は毎日同じです。
競技場の照明に「ぼっけい明るいな」
木々を見ては「大きゅうなったな」
道が分からずに「何処へ、いきょんなら」
公園の灯りの下で、ダンスや縄跳びの練習に余念のない若者には「晩飯は食べたんか」
明るい照明をみては、「だれが金はろうとんなら」
人を批判することはなくなりました。
笑顔で「ありがとう、ありがとう」と言います。
かつてとは性格が変わったようです。
笑顔が増えました。
問題行動がないので精神的には楽です。
しかし、自分にできることは少なくなっています。
本人には病識はありません。
今夜は月を見ながら、40mは自力で歩きました。
かつては面倒なことは嫌がっていましたが、今は素直に聞きます。
定期的なトイレ誘導も聞いてくれます。
母親は父の認知症の理解がなかなか難しいようです。
父親にいろいろ質問しては困らせています。
認知症が進む夫を認めにくいのかもしれません。
認知症も、その人の人生の一部です。
まわりにいると学ぶことが多いです。
※秋祭