北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

半公的なテキ屋さん

2008-02-27 23:46:07 | Weblog
 今日的な広場像を語る第三回目の懇談会が開かれました。

 都市の広場には、ゆとりや防災性の向上の意味がありますが、それに加えて賑わいの創出や環境改善の期待などもあります。要するにたくさんのニーズや期待があるわけ。

 しかしながら新しいビル開発に伴ってわずかに生み出される公開空地のようなスペースは、建物に容積のボーナスをもらうために供出されるという開発者にとっての犠牲的な意味はあっても、それが地域社会により多く貢献しようという意欲は薄いというのが現実です。

 それもそのはず、あまりお金はかけたくないからです。

 しかし自分の建築敷地だけのことならばそうだとしても、地域の道路や緑地などの公的なスペースと一体となって地域の環境や賑わいの改善につなげるようなことがあっても良いはず。

 道路管理者や公園の管理者も、管理権限をことさらに前面に出さずに安く管理が出来て地域も喜ぶような事だって可能なのです。

 イタリアやスペインでは、まちなかのカフェが歩道に堂々とテーブルや椅子を出してお客さんへのサービスをしているのが当たり前の風景なのだそう。しかしそれも、その見返りとして地域に一定の対価を支払ってその資金が巡り巡って地域づくりに役立つというシステムができあがっているからなのです。

 公物管理者が権限を少しだけ認定団体に対して認めて、その対価はまちづくりに使われるというそんなサイクルがあっても良いのではないでしょうか。

 昔はお祭りの夜店はテキ屋さんが仕切っていて、その世界の中で一定の秩序が保たれていましたが、現代版の半公的テキ屋さんがいても良いのではないでしょうか。

 道路などで商売をするのが一律にいけないのではなくて、地域の賑わいにつながるような地域貢献が大きい商売は良くて、その賑わいからもうけをむさぼるだけの商売ならば駄目、というような、目利きがあると良いのですが。

 これも意見を交わしてルールを作る地域の力が試される場面です。真の地方分権には、煩わしさに耐えてルールを作る作業を行えるような地域力が求められるのです。
コメント
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