北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

スローライフの講演会

2008-02-20 23:20:15 | Weblog
 今日は北海道都市計画協会に招かれた講演会の日。

 今日の講演は、私ともうお一方、千葉大学で景観づくりやまちづくりがご専門の北原理雄教授の二人で行います。会場は札幌市内のホテルで、参加者は全道から約200人が集まってくれました。

 私のお話は昨日も書きましたが、スローライフをテーマにした掛川のまちづくりについてです。モノが幸せを生むのは、そこに幸せなコトが起こるからなのであって、コトが起こらなければいくらモノを作っても駄目なのです。

 逆に言えば、モノが無くても幸せなコトが起きるのならば良いともいえますし、意識もせずに日常に起こっているコトを改めて幸せと感じられるのならばそれでも良いわけです。

    ※    ※    ※    ※

 現代社会は、非効率的でのろまで駄目なモノを効率的でより価値あるモノへと変えて行くことで幸せを増やしてきたのですが、改めて【真に価値あるモノ】は何かと考えると、必ずしも効率的で早くできあがるモノだけが良いとは限らないと言うことが分かります。

  

 図で言えば左上の部分に、遅くても良いモノ・コト、遅いからこそ良いモノ・コトがあります。

 ここに何が入るかは人それぞれかも知れませんが、誰もが思うのは手業や教育、作物が実ること、何かを育むということ、見守るということなどがあるのではないでしょうか。

 お母さんが家で料理を作ってくれるコトは、それだけで職人の手による総菜弁当よりも遙かに立派なスローライフなのです。

 そのゆっくりでも良いこと、ゆっくりだからこそ貴いことの価値を見直そうというのはスローライフの本質なのだと思うのです。

    ※    ※    ※    ※

 そんなことを掛川では、まちづくり運動の一つとして行政が行いました。最後に担うのは市民であるべきだと思いますが、そのきっかけを行政が作ることくらいは許されるでしょう。

 そんな仕掛けやアイディアを、市民をその気にさせて巻き込むようにやれたなら、元気な地域も夢では無いように思います。

    ※    ※    ※    ※

 奇しくも私の後にお話をしてくださった北原先生も、全国のいくつかの景観づくりに絡めてまちづくりのポイントとして、「コトを起こすこと」として強調されていました。

 「予定調和のようですね」と笑っておられましたが、まちづくりの本質はやはりそこにあるということなのでしょうね。

 参加してくださった皆さん、ありがとうございました。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スローライフのまちづくり

2008-02-19 23:35:46 | Weblog
 夜の飛行機で札幌入り。明日は札幌市内で「スローライフのまちづくり」というお題でちょっとしたお話をする予定なのです。

 考えてみると、掛川を離れてからもう3年になるのですが、あまり時間が経ったような気がしていません。ときどき掛川に遊びに行くと、なんだかいろんなことがつい昨日のことだったようにも思えます。だからスローライフについて話を聞かせてほしい、と言われても、あまり苦労せずに思い出せるのかもしれません。

 スローライフも一時は多くの人の興味を引きましたが、最近はなんと言ってもCO2削減が主流になってしまい、環境問題に全て取り込まれた感があります。

 しかし、環境問題やCO2削減とは別なところで、スローライフの意味が輝くシーンもまだまだあると思っています。

 その代表的な部分は『家族の役割』です。

 いわゆる経済学や財政学と呼ばれる学問が登場して以来、経済システムと政治システムと社会システムというこの三つについて様々な理論が語られてきました。

 かつてはこれらの三つのシステムが未分化で、優れた王様やリーダーが出てくれば上手に国の統治ができていたのですが、社会が発達してくると、それらが次第に分化してくるようになり、次第に国民や住民をまとめてゆく、統治してゆくということが次第に難しくなってきました。

 特に大きいのが現代の「市場の発達」です。

 経済が効率化してくると様々な財やサービスが安価に市場で手にはいるようになります。かつての未分化な状態では、家庭内のお年寄りや専業主婦が自ら料理をしたり服を繕ったり、子育てなどのように無償の労働奉仕によってしか手に入らなかったものやサービスが、市場を経由することで安価に手にはいるようになってきました。

 その結果、無償の労働奉仕で財やサービスを提供するよりは、自分の労働を市場に提供して貨幣を手に入れる方が安価で質の高いサービスや財を手にいられれることになってきたのです。

 そのため、専業主婦でいるよりは社会に出て働く方が価値が高くなり、女性の社会進出が必然的に起こってきました。しかしその結果として、家庭内で無償の労働を提供する人が少なくなり、地域の清掃や町内会、世話焼きなど、社会を無償で支えていた労働力が激減してきました。

 日常の食べ物も、パック入りのものを市場で選んで調達した方がより美味しかったりすることもあるかもしれませんし、なにより時間を取られなくてすむということが利点なのでしょう。

 しかしこれこそまさに、早く、安く、便利で効率的なfastな社会にほかなりません。何も考えないままに市場に寄りかかって過ごしてしまったのでは、いざというときの危機管理も出来ず、手業もなくなってしまうことでしょう。

 農薬の入った餃子が出回ったことも、食生活に対する安直な考えの末路といえないこともありません。

 そこで、「スローライフ」という合い言葉を聞いたときくらい、「ゆっくり、ゆったり、豊かな心」を思い出して、普段の日常で追い求めている便利だけの生活や生き方を見直してはどうか、と思うのです。

 市場化の波は止まらないとしても、昭和30年代生まれの私くらいはまだ不便な時代の記憶があるために、便利と不便だけど我慢することのより分けが出来ているような気がするのですが、すでに便利だけの社会で生まれ育ったこれからの時代を生きる若者たちがどのような生き方をするのかは、やはり心配になってしまいます。

 そして生き方を反省したとしても、日常からすでに自分を鍛え上げるような技やスキルは失われてしまっているのかもしれません。

 ご飯を釜で炊く、薪に火をつける、ボタンを付ける、漬け物を漬ける・・・。

 たまにそんな手業を思い出して、日頃の生き方を反省してみるきっかけにしつつ、家族の紐帯(ちゅうたい)を確認する。そんなこともまちづくりや地域づくりの基礎として大事なことなのではないでしょうか。

  *    *    *    *    *

 明日の講演の内容を少し書きすぎたかもしれません。

 スローライフなんて、一週遅れで前を走っているような単語でも良いかもしれませんね。

 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

父親と娘の会話

2008-02-18 23:45:40 | Weblog
 金曜日の夜から上京していた娘が今朝北海道へ帰りました。

 金、土、日と三泊を私の宿舎で過ごしましたが、どの日もこちらの友人、知人たちと夜遅くまで話をし、居酒屋で一杯。

 我が家へ戻ってくるのは連日夜の十時過ぎでしたが、まあこれでも楽しみたい盛りからすれば、早く切り上げた方なのでしょう。

 夜遅くに少し疲れたような顔をして帰ってくる娘と父親との間では、さして特別な会話があるわけでもなし。

 こちらの知人とは、ネットで知り合った人たちらしく、親の遠く知らないところで友人の輪が広がっているよう。まあそれはそれで喜ばしいことかと。

 テレビでは○ントリーのウィスキーのコマーシャルが流れていました。

 父親と娘って案外会話がないのかもね。



 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブログの活性化に妙案はあるか?

2008-02-17 22:07:23 | Weblog
 私が参加している、「ぶらっと」というブログでのオフ会が開かれました。

  

 会合の趣旨は、ブログの読者や書き込みをしてくれるライターをいかに増やすか、ということ。運営費を主に広告費に頼るサイトでは、どれくらいブログを見てくれるか、やどれくらいの人が関心を持ってくれるか、ということは重要な指標。

 特にインターネットでは、見てくれた回数や参加人数などがはっきりと数字で表れてくるのでごまかしが効きません。

 数あるサイトの中から選んでみてくれるに価するサイトにするにはどうしたらよいのでしょうか。

 集まったメンバーからは様々な意見が出ました。「携帯からの閲覧をもっと簡単にすべき」「経費を見直せないのかな」

「口コミで知人に声かけを地道にしましょう」「でもサイトへの登録手続きが面倒」「支援をお願いする対象は必ずしも企業ではないかも知れない」…などなど。

 企業にサイトの宣伝に行く担当の方のお話では、「中で書き込みをされている方たちは穏やかな人たちが多いようで『清らか』な感じですね」と言われたとか。どうやら『荒れるサイト』の反対の意味のようだったみたいですが。

 最近は、「土鍋の中でまるくなる猫」などという、一風変わっている特定の一発ヒットをもつだけで世間の注目が注目を呼び、サイトのアクセス数が一気に増大するという社会現象も起きたりすることがあります。

 そして、そういう単なるヒットすればよいということには縁がなくても、ネットの中で友達が出来たり、その友達が地域興しに駆けつけてくれるというようなゆっくりした効果を期待したいとも思います。

 しかし広告主としては、即効性を期待するのも当然。この矛盾をどう解決したものか。

 私としては、「品質がよい文章を一定の頻度でコンスタントに提供する」ということにつきると思うのですが、どうでしょうね。

    ※    ※    ※    ※

 会合の後の飲み会の方が良い意見がたくさん出たような気もしますが、酔っぱらって記録ができませんでした。先に飲んでから始めれば良かったかなあ。

 オフ会も良いものですね。 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

野見宿禰(のみのすくね)神社

2008-02-16 21:50:10 | Weblog
 天気は快晴。今日は用事を足して、明日こそ東京巡りにしようかと思ったところで、明日は東京マラソンだったことに気付きました。

 まずいまずい、今日行っておかないと明日は都内は自転車では走れないでしょう。そこで今日一日は東京巡りにあてることにしました。

 自転車を背負って、今回は地下鉄千代田線の綾瀬駅まで行って、そこが今日のスタートです。東京の地図で言うとずーっと右上の方にあるのが綾瀬です。

 お昼過ぎに綾瀬駅を出発して、やがて自転車は荒川の土手に到着。荒川の河川敷は野球場やサッカー場がたくさんあって、都民のスポーツのメッカとして大勢の人たちの歓声がおこっていました。

  

    ※    ※    ※    ※

 自転車で都内へどんどん向かって行き、やがて両国国技館の近くまでやってきました。国技館のすぐ東側にあるのが「野見宿禰(のみのすくね)神社」です。

 神社そのものは小降りですが、相撲には大変縁の深い神社なのです。

  

 そもそも日本書紀の垂仁天皇の7年に、当麻蹶早(とうまのくえはや)という男が力自慢をするのに、だれか相手の出来る者はいないかと探させたところ出雲に野見宿禰(のみのすくね)という勇士がいると知り、これを対決させたのが神話の世界の相撲の始まりと言われます。

 この勝負は、野見宿禰が当麻蹶早のあばら骨や腰を踏みくだいて勝ったと言いますから、相撲と言うよりはK-1に近いような気もしますが、まあそれが我が国の相撲の始まりと言われているわけ。

 そこでこの野見宿禰を祀っているのがこの野見宿禰神社で、今でも東京場所(1・5・9月)の2日前の毎金曜日午前11時から、日本相撲協会主催で例祭が行なわれるということですよ。

 境内には富岡八幡宮よりはずっと小さいのですが、横綱の碑が飾られています。まだまだ横綱が増えても対応できそうですよ。

 力があるということは神様に近いということなのです。

  
 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

娘の上京

2008-02-15 23:44:02 | Weblog
 年末から関わってきたプロジェクトの風向きが悪くなってきました。どうも思うような結果が得られないような雰囲気が漂っています。

 相手のあることだけにどうしてもそう言う形になることはあるのですが、気持ちが落ち込みますね。気を取り直して新しいプロジェクトに邁進するとしましょう。

    ※    ※    ※    ※ 

 旭川の娘が上京してきました。私の宿舎を根城にして、この週末は毎日東京の友人らと会うのだそう。ミニ卒業旅行というところでしょうか。

 何を話したらいいのかよく分からないな。まあせいぜい楽しんでください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

友人とのカラオケ

2008-02-14 23:16:22 | Weblog
 夜に中央省庁の友人を交えてちょっとした懇親会を催しました。場所は小泉首相がブッシュ大統領を迎えたことで有名な「権八(ごんぱち)」という日本料理屋さん。

 日本料理屋と言っても、外国人が日本をイメージするとこんな内装になるのかな、というイメージの和風建築です。

  

 キル・ビルという映画がありましたが、あのなかに出てくるような感じという人もいました。私はその映画を観ていないのですが。店内には外国からのお客さんが多数いました。外国の人を招くのには面白い場所なのでしょう。

 手打ちのお蕎麦も美味しくいただきました。味も本物です。

    ※    ※    ※    ※

 仲の良い同期の友人と本当に久しぶりにカラオケに行きました。お互いに「昔はもっと上手だったのになあ」と苦笑い。ついつい羽目を外して歌い終わって時計を見ると1時半過ぎ。

 私はタクシー代よりは安いホテルで一泊。官僚の友人はそのまままた職場へ戻りました。

 「若い後輩たちに仕事をさせているからね。ここんとこずっと終電でも帰れないんだ」

 体だけはこわさないように祈るばかりです。

 それにしてもお互い歌が下手になったなあ…
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鼻炎の季節

2008-02-13 22:13:23 | Weblog
 杉の花粉が舞う季節となりました。通勤電車の中でもマスクをしている人を多く見かけます。

 かくいう私も、北海道ではシラカバの花粉に悩まされ、本州では杉の花粉によるアレルギー性鼻炎に苦しむ一人です。

 2月の声を聞いてからは天気予報でも杉の花粉情報が流されるようになりましたが、ついに今朝から花と目の異常を感じ、慌てて職場の近くのお医者さんに診てもらうことにしました。

 職場のビルの一階にある耳鼻咽喉科にはもうアレルギー性鼻炎がひどそうな患者さんがつらそうに椅子に座っています。敏感な人にはもう真っ盛りの季節のよう。

 ここの先生はきさくなおじいちゃん先生がいて、問診の後に「アレルギー性鼻炎が出始めたようです」と告げると、すぐに薬を処方してくれました。

 とりあえずこれを飲み続けて症状が出るのを抑えることしかないようです。できるだけ花粉に被爆しないことも重要なので、明日からは外を歩くときはマスクをしようと思います。

 問診の後で他にも患者さんがいるのにやや雑談気味になりました。

「それで、お勤め先はどこですか?」
「はい、このビルの上の都市○○機構です」

「はいはい、昔の住宅公団でしょ?」
「あ、はい。そうですね」

「僕は昔、高島平の公団住宅に入りましたよ。まだ出来てすぐの頃だったなあ。元々は田んぼばっかりのところに大きな住宅団地が出来ていましてねえ」
「はあ」

「そうしたらね、その頃はその田んぼを目指して白鳥が飛来していたんですなあ。それが住宅が増えちゃって、一方で田んぼを止めてちゃったものだから、白鳥の餌が無くなって、死んでいたりするのをよく見かけたんですよ。あ~、人間のすることは自然に優しくないんだなあ、って思いましたね」

 おやおやとんだところで思い出話を聞かされてしまいました。

 さていよいよ杉花粉の季節。辛いけれど耐えて参りましょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

菜の花忌

2008-02-12 23:02:37 | Weblog
 今日は作家司馬遼太郎さんの命日。芝さんが生前好きだった菜の花にちなんだのだそうで「菜の花忌」と呼ばれています。

 私が初めて呼んだ司馬さんの小説はたしか「真説宮本武蔵」だったはず。次が徳川慶喜を描いた「最後の将軍」で、それ以来司馬さんの小説が好きになり、随分たくさん読みました。

 司馬さんの歴史小説は、主人公を常に好意的に捕らえているというか、自分が好きになった人しか書かないとも言われています。しかしその好意的な視点が、読者の共感も呼ぶことになっているのでしょうね。

 私自身の中ではやはり「坂の上の雲」が一番。明治の男たちの生き様にわくわくしたものです。日本人なら一生の間に一度は呼んでおきたい小説ですね。

    ※    ※    ※    ※

 「菜の花忌」と言えば、高田屋嘉兵衛の「菜の花の沖」を買っておきながらまだ読んでいませんでした。思い出したのも何かの縁、明日から読んでみるとしますか。

 皆さんの好きな一冊はなんでしょう?
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

卵とじに挑戦

2008-02-11 23:38:12 | Weblog
 中国の毒入り餃子事件で国内産の野菜が高騰気味なのだそうですね。今までいかに外食産業が海外の食材を使っていたのか、改めて気付く今日この頃。のど元過ぎれば熱さを忘れる国民性ではありますが。

 高いながらもニラを買ってきてニラの卵とじに挑戦。今まで何度か卵とじに挑戦したのですが、上手にふっくらとしあがらずに悩んでいたのです。

 卵をあまりかきまぜないのがコツと書かれている情報は多いのですが、本当に2、3回だけ卵を箸で切るようにして、だし汁で煮られたニラめがけて回し入れて蓋をしました。

 火加減を調整しながら蓋を開けてみると、出来ました!卵がふっくらしてちゃんと固まりになっています。



 一度でも出来ると、どういうことがコツなのか分かるのですが、分からないものにはそのコツの意味がわからないものです。一つずつ実地にやってみるしかないのでしょうけれど。

 これで次は丼モノにも挑戦したくなってきましたよ。ふふ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする