北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

根津美術館、新創開館

2009-10-11 23:50:48 | Weblog
 連休の中日は、上京してきた娘と一緒に都内自転車巡り。電車で三軒茶屋まで行きそこで貸し自転車を借りたのです。

 今日は代々木から青山にかけてを探索。まだ東京の地理がよく分からない娘は一生懸命自転車を漕ぎながら着いてきます。

 まず向かったのは代々木公園。こちらでは昨日の10日(土)から13日(火)までイベント広場で「感動!九州観光・物産フェア」が開催されています。





 このイベントは知人で女性のKさんが事務局をやっていて、「いるから来てね」と案内のメールをいただいていたのです。

 事務局を訪ねて本人を探しだして会うことが出来ました。 

「すごく盛会で良かったですね」
「4年前に7店の出典で始めたんですよ。一県から代表の一店というわけで。今年は40店以上が出てくれてるんです」 

「で、食べ物もいろいろあるけどお勧めは何でしょう?」
「それだったらこっちですよ」と案内されたのは宗像市から出展している玄海つみれうどん。

 出汁がすごく良く出ていてすばらしく美味しい!簡単に豚骨ラーメンへ言ってしまわなくて良かった。

 イベントは明後日まで。天気は良さそうです。

 「来て見て食べて 感動!九州観光・物産フェア」
 http://www.welcomekyushu.jp/fair/2009/





    ※    ※    ※    ※

 続いて向かったのは、青山の根津美術館。

 ここは今回東京へ来た時には既に改修工事に入っていて今まで見ることができなかったのですが、この度5年にわたる改修工事を終えて10月7日から「新創開館」したものです。

 根津美術館の根津家というのは東武東上線などをもつ実業家一族で、その昔から日本と東洋の古美術品の蒐集で有名。

 コレクションはの中には国宝7件、重要文化財87件と貴重なものも数多くあって、それを一般に見せてくれるのがこの美術館というわけです。

 2万㎡の広い日本庭園に囲まれた新しい展示館は、建築家の隈研吾さんの手によるもので、長大な瓦葺き屋根とガラス面が印象的。

 10月7日からの新創記念特別展には「新・根津美術館展 国宝那智瀧図と自然の造形」と銘打って鎌倉時代の作である国宝那智瀧図のほか、文人や画家達の手による自然にまつわる作品が出展されていて訪れた人たちの目を奪っていました。

 昔のお金持ちの凄さがよく分かるというものです。 

 たまには娘とこういうデートも良いですな。 

 
 根津美術館
 http://www.nezu-muse.or.jp/index.html






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ギャンブレル屋根

2009-10-10 23:46:32 | Weblog
 通勤の途中駅というのはなかなか降りてみないものです。だからこそ敢えて降りてみる。

 今日は小田急線の通勤途中駅である向ヶ丘遊園駅で降りてみました。

 駅は北側と南側で大きく様相を異にしていて、南口側は区画整理が終わって駅前広場や再開発商業ビルなども良くできています。

 これに対して駅の北口側は、再開発の計画があるもののまだ事業は進んでいなくて昔ながらの細い道があって○○銀座なんて商店街もあったりするんです。

 ところで、そんな駅の北口ですがこの北口駅舎の形が良いんです。





 北海道の方なら郊外の牛舎や畜舎でお馴染みのこの屋根の形はギャンブレル屋根と言って、日本語では将棋の駒に似ているので「駒形腰折屋根」などとも言っているみたい。

 一部の本には「マンサード屋根」と書いてあるものもあるようですが、じつはこれは誤り。下の図の左がマンサード屋根で右がギャンブレル屋根。マンサード屋根だと、北海道の場合屋根雪が落ちてくるので、いわゆる「妻」と呼ばれる垂直の面を作ってそこから出入りするのが現実的なわけです。



  《左がマンサード屋根、右がギャンブレル屋根  Wikipediaより》




 このギャンブレル屋根は18世紀頃にヨーロッパからアメリカに伝わったとされていて、特徴は屋根裏を高く取れること。

 牧舎などではこの屋根裏に干し草を蓄えておいたりしたんだそうですよ。これも開拓時代以来のある種の流行建築だったんでしょうね。

    ※    ※    ※    ※

 そんなわけでどこか懐かしい風情だと思ったら、道産子でなくてもそういう思いを持つ人は多いようで、この屋根の建物の写真をたくさん載せているブログやホームページもあるようです。

 「北海道には歴史がないから…」なんて言っているうちに、本当に歴史的な風景や建物は北海道から次第に消えていっているのではないでしょうか。

 道産子だったら「ギャンブレル屋根」という単語を覚えているだけでも、北海道の開拓の歴史をより身近に感じられると思います。 
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新タワーに見るデジャブ

2009-10-09 23:40:25 | Weblog
 昨日新東京タワー、スカイツリーの記事を書いていて、妙なデジャブ(既視)感があったのですが、今日になって思い出しました。

 それは長谷工総研が発行している「CRI」という冊子の10月号に載っていた、元国土交通省河川局長にしてエッセイストの竹村公太郎さんの書かれた文章でした。

 竹村氏はそのなかで「都市を考える インフラ都市論」というエッセイを連載されているのですが、今月号のタイトルは「生命感覚の都市 変化する永遠のシステム」というものでした。

 竹村さんはその中で、ヨーロッパの都市がつまらないと言います。それは最初はきれいだと思っても、どの都市の街並みも同じに見えてしまうからだ、ストックホルムの町並みも一年前に訪れたマルセイユにそっくりだったと感じたのだと。

 「なぜつまらないのか。その理由は簡単だ。マルセイユもストックホルムの街並みも、百年どころではなく何百年も同じ姿で変化しないからだ。私にとって変化しない街並みはつまらないのだ」

   *    *    *    *    *

 それに比べて、日本の街並みのダイナミックな変化をわくわく感をもって肯定します。そして映画「三丁目の夕日」が語られます。

「2年前、『ALWAYS続・三丁目の夕日』という映画が人気を博した。昭和33年ごろの東京タワーが見える下町の人々の話である」

 (中略)
 
「映画の筋はたわいもないが、昭和30年代の東京の光景に目を奪われてしまう。当時の人々の生活も今と比べずいぶん変わっていた。電気洗濯機はハンドル手回しで絞っていた。出演している子供たちは、私と同じ年代である。半世紀前の記憶を呼び起こす東京の映像に魅入られてしまった」

「この映画の主人公は、登場する人々ではない。主人公はCGで再現された昭和30年代の東京の街並みであり、昭和30年代の人々の生活である。過ぎ去った時間が、映画の主人公であった。この映画を観ていて楽しいのは、有楽町駅前の変貌に驚き、嬉しくなるのと同じであった。それは時の流れを楽しみ、変化を楽しんでいるのであった」

   *    *    *    *    *

 この記事を思い出して、そうか、このデジャブ感は、東京タワーが立たんとしているこの昭和33年の映画のワンシーンだったのか、と思ったのです。

 今まさに墨田区の中では、新東京タワーが日々立ち上がっていく時間の流れの中にいて、それもやがて「平成20年」というタワーが途中まで立っている風景として描かれる日が来るのでしょうか。

 その後の日本が昭和という大発展の時代を迎えるさきがけが東京タワーだったとは、歴史を後から眺められる我々には分かっていることですが、新東京タワーが立った後の時代はどのようなものになるのかを今の我々は知る由もありません。

 ただ私たちは日々変化する風景・景観の中にいるんだなあ、と感じ、そう思うと、今後の時代がどうなろうとやはり建設中のタワーを一度は見ておくべきなのかな、と思うのです。 

 実はすばらしい節目の時を生きているのだなあ、と。
 
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新タワー、天に向かう

2009-10-08 23:23:12 | Weblog



 昨日は雨でしたが、新東京タワーである東京スカイツリーの現場を見てきました。

 場所は浅草の北東方向、隅田川を渡ったところにある東武鉄道本社のある押上・業平橋(おしあげ・なりひらばし)駅です。

 東京スカイツリーは東京タワーに替わる地デジのアンテナ基地になるべきタワーですが、その最上部までの高さは610mと完成時には世界で一番高い建物になる予定です。

 低い方の第1展望台と高い方の第2展望台がありますが、第1展望台が地上350メートル、第2展望台は地上450メートルの高さになります。完成すれば東京はもちろん、日本の新しい名所として多くの観光客が訪れることでしょう。

 ここは、いくつかの候補地の中から適地に選定されたもので、タワー本体は昨年の平成20年7月に着工され建設が進められています。

 現在の高さは約170メートルほどだと言いますが、十分に威圧感があります。そしてこれでもまだ第1展望台の半分、全体の4分の1程度でしかありません。完成するとすごいでしょうねえ。

 このタワーは底面が正三角形で、上へ行くと断面が正円になりますので、立体としては複雑な形状をしています。

 このタワーのデザインには大いに日本らしさが取り入れられています。タワーの縁の部分はその複雑な形の変化ゆえ、内側に入る曲線を描きますが、これが日本刀に見られる「反り」をイメージしています。

 また縁と縁の間のトラス状構造は外側に膨らんだ立体を描きますが、これは自社建築の柱に見られる「むくり」と呼ばれるふくらみをイメージしています。

 日本建築の超近代技術と日本の伝統文化が融合しているのが東京スカイツリーというわけなのです。



    ※    ※    ※    ※

 このスカイツリー、完成は2012年の春のこと。

 今は一日一日その高さが増していますから、明日の景色は今日の景色とは違う今日限りの景色だと言えます。

 浅草観光をする機会があったら、ちょっと徒歩で一駅歩くつもりで押上方面を散歩してみてください。現代日本の躍動が目に飛び込んできますよ。 

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【おまけ】内需拡大はばらまきじゃねーよ

2009-10-08 00:38:56 | Weblog
 国会も開かれないままに、いろいろな政権の考え方が漏れ聞こえてくるようになりました。

 これらにマスコミからはどのような質問がなされ、どのような回答が帰ってきているのかを多くの国民は知らされていません。

 マスコミさん、もう少し機能してもらえないものでしょうか。

---------- 【ここから引用】 ----------
【霞ヶ関発~兜町着直行便】
藤井大臣:内需拡大は、ばら撒きではないマクロ経済そのものと 2009/10/06(火) 23:33
http://syoukenn.seesaa.net/article/129650289.html





 本日6日付の財務省のホームページは、イスタンブールでの大臣の記者会見の模様を全文公開している。そこで、同行記者団の一人は、「内需主導の経済運営が果たして景気刺激策として機能するのか」という質問を浴びせた。それに対し、大臣はこう答えた。

  「内需拡大をばら撒きだという人がいますが、あれは実に経済政策をわかってない人です。内需というものを中心にして、経済を運営していくということは、これはマクロ経済そのものです。子ども手当てはばら撒きだと一部に言う人がいますが、そういう人こそマクロ経済の意味をわかっていないのではないかと私は思います。

 それから特に子ども手当てというのは、次の世代の少子高齢化対策の非常に大きな柱になると思うのです。そういう意味で、私は内需中心の経済運営という我々の考えについて外国もなんら批判的な意見は出ないし、むしろ積極的に評価していたと認識をいたしております」

 内需中心の経済運営がマクロ経済にかなうと言いたいのは分かるが、これでは答えになっていない。われわれが聞きたいのは、内需中心と言いながら、実際には「子供手当て」、「高速料金無料化」と言った、主に家計を刺激するミクロ経済運営で、本当に景気拡大と経済成長が出来るのかということ。

 子供手当てが少子高齢化対策になると言うが、経済効果が出たとしても、それは何十年も先のこと。それよりも、藤井大臣、得意の経済史を紐解き、「内需中心経済」で効果を挙げた事例を、古今東西で示して欲しいものだ。(情報提供:日本インタビュ新聞社 Media-IR)

---------- 【引用ここまで】 ----------

 これくらいの記事が株式ブログのネタではなくて、一般マスコミからでないのか、と思うくらいのストレートな疑問です。

 こういう真っ当な質問に対して真っ当に答えが出てこないというのは、真っ当な答えが用意されていないから、と普通は考えるのですが、私が間違っているとしたらどういうことになるのでしょう。

 政治家の発言というものは、特に国会答弁などでは官僚が後ろについていてその一言一句について、過去からの答弁との整合性をチェックし、ありとあらゆる想定問答を作成して、発言の意味が曲解されないように仕立て上げているものです。

 それが今後、国会でも官僚の答弁は許さないのが現政権の方針だという情報も流れ始めていて、これまたどのような議論が展開されることになるのやら。

 官僚は発言こそしないけれど、膨大な想定問答を作り、政務官などが答弁の際には、素早いブロックサインで想定の答えが書いてあるページを答弁者に送るということになるのでしょうか。

 国会答弁というのは単純な感想ではなく国の意志なのですから、テレビ番組で軽口を叩くのとはわけが違うのですが。

 今は一方的な取材や報道で考え方が流れてきますが、議論の場が用意されているわけではありません。議論に耐えられるのかどうか…。

 ちなみに上記の記事はお馴染みの中国ブログサーチナにも引用されておりました。

 日本のマスコミが何をスルーしているかは、もう外国メディアでチェックするしかなくなってきたようです。 

 
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できる人はなぜ腹を立てるのか ~ ステロタイプ思考の危険

2009-10-07 23:52:02 | Weblog
 皆さんの周りには、やることなすこと処理が速くて仕事ができるんだけどすぐ腹を立てる、という人はいませんか?

 私の周りにもやはり何人かはいます。いわゆるエリートといわれる人に多いのですが、そうした心理はどこから来るのかについて面白い記事がありました。最後は「脳」の問題にたどりつきそうですが・・・。


---------- 【ここから引用】 ----------
仕事の早い人はなぜ腹を立てるのか  松下 信武(ゾム代表取締役社長)
プレジデント・ロイター2009年6.1号
 http://president.jp.reuters.com/article/2009/05/09/87F11F8C-3AC5-11DE-9955-E5BF3E99CD51-1.php





(前半略)

 ・・・アリゾナ州立大学でとても興味深い心理実験が行われた。きちんとした生活習慣を好む傾向や、あいまいで、結果がどうなるのかわからない状態を嫌う傾向を、人がどれくらいもっているかを測定するPNSという心理テストがある。

 (…中略…)

 その結果、PNSスコアが高い学生は、低い学生に比べ、やり遂げた学生の割合が高く、早い時期に課題をやり遂げる傾向がみられた。つまり、規則正しい生活を好み、何が起きるかわからないような環境を嫌う学生のほうが、まじめに、スピーディに与えられた課題に取り組んだ、ということになる。

 私たちが日常で使う「まじめな人」という言葉は、「規則正しい生活習慣をもち、安定した状態を好む人」と言い換え可能ではないだろうか。だとすると、まじめなビジネスパーソンのほうが、そうでないビジネスパーソンよりも、与えられた仕事をやり遂げる確率が高いという結論は当然すぎるくらいである。

 問題は「スピーディ」である。なぜPNSが高いと、早く課題をやり遂げようとするのだろうか。アリゾナ州立大学の研究者は、「結果がどうなるのかわからない状態を嫌う」学生は、急いで決着をつけたがるから、早く課題をやり遂げたがるのではないかと考えている。この考察をビジネスパーソンに適応すれば、まじめなビジネスパーソンほど、見通しがきかない状態を不愉快に思い、できるだけ早く仕事をやり遂げようとするといえる。

 仕事が速いビジネスパーソンは、仕事の見通しが立たない間は不愉快に感じ、いらいらして腹が立ちやすい心理状態になっている。だから仕事が速い人はすぐに腹を立ててしまうということになる。仕事が速いことの副作用がこの程度であれば処方箋は簡単で、情動コントロールの基本的なスキルを学べば、落ち着いて周囲の人と接することができる人に変身できる。しかし、仕事が速いことの裏側にはさらに深刻な問題が潜んでいる。

 今日、世界には情報が満ち溢れている。しかし、私たちは複雑な世界をなんとか理解しようとして頭を働かせる。アメリカは最近あれほど推奨してきた時価会計主義を変えようとしている。その事象と、たとえばノルディックスキーで競技ルールが変えられたため、日本のノルディックスキーは長年メダルから遠ざかってしまったことを結びつけ、欧米は自分の都合が悪くなるとルールを変える、と考えると、西洋社会について何か理解したような気になる。

 私たちは複雑な現象を理解するとき、ステレオタイプ(型にはまった画一的なイメージ)化しようとする。人間の認識力や情報処理能力には限界があり、周囲の人々や出来事をできるだけ単純化して理解しようとする。複雑な現象を構造主義的に思考して、その現象の裏側にある根本的な原理を発見するならば、私たちは世界を再発見できるだろう。

 しかし、構造主義的な思考は、煩わしく、時間もかかるために、ステレオタイプで人間や出来事を理解して、大量の情報を短時間で処理しようとする。たとえば、ある営業所の売り上げが落ちてきたとき、「営業所長のAさんでは無理だよ」とか「あの地域は売れないよ」などと、問題を単純化して、営業所長の首をすげ替えたり、商品構成を変えたりする。

 現代のビジネス社会では、拙速が尊ばれるために、安易なステレオタイプ化がどんどん広がっていく。大量情報の負荷を軽くするために、ものごとや人間をある程度ステレオタイプ的に理解することはそれなりの効果もあるのだが、その副作用に気がつかないと、組織はとんでもない方向につきすすむことになる。

 山本七平は第二次世界大戦中の日本陸軍の病理的な思考をあざやかに解明した人だが、彼はその著書で「日本軍の行き方は常に『速戦即決、前面の敵を片づける』のである。――片づける、明らかにわれわれは常に何かを片づけようとし、片づかないと『自分の気持が片づかない』。従ってこの片づけの前提は、先験的な枠にはめられた『絶対的な見方』の基礎をなす心的秩序なのである」と述べている。

 あなたの会社は目の前の赤字に対して、「速戦即決」的に安易な経費節減策だけで、赤字を「片づけ」ようとしてはいないだろうか?

 ステレオタイプ的にものごとや人間をみることで、ものごとや人間を「片づける」心理になりやすく、「絶対的な見方」に縛られるリスクを高めてしまう。手早く「片づけて」しまうために、仕事は確かに速くなるのだが、「絶対的な見方」はうつ病や人格障害の温床でもあり、抑うつ、軽蔑、嫌悪、苛立ちなどの情動を引き起こしやすくなる。

 先に紹介したPNSのスコアが高い人は、ステレオタイプな理解をしやすいという傾向がみられ、かつ、神経過敏な傾向もある。つまり仕事の速い人(もちろん仕事の速い人全員ではないが)は、ステレオタイプな思考をしやすく、ちょっとしたことでいらいらしやすくなる、ということになる。

 仕事の遅い人は、初めての仕事で戸惑っている人をのぞけば、多様な視点からものごとや人間をみつつ、柔軟に、安定した情動をもって仕事をしている貴重な人材なのである。ディズニーのアニメーションでたとえれば、「くまのプーさん」のような人である。

 「くまのプーさん」はゆったりと生きているが、ときおり仲間が考えつかないような意見を言って、仲間に新しい気づきを与える。成果主義的人事施策をとると、仕事の速い人を高く評価しがちになる。そのために、せかせかと動きまわる人が多くなり、固定的なものの見方が蔓延し、組織は、あたかも帝国陸軍のように崩壊していく。そのリスクを小さくするために、仕事は遅いが、多様な視点にたち、柔軟に考える人材が必要なのである。

 (以下略)

---------- 【引用ここまで】 ----------

 いかがでしょう。最後の、みんなが「くまのプーさん」では困ってしまうと思いますが、出来るエリートが陥りがちな、素早い判断が案外危険だ、ということはあると思います。

 結局【脳というやつ】は楽をしたがる性質をもっていて、物事を判断するときも、じっくりと今回の状況を考察するよりは、これまで知られた過去のパターンに当てはめて納得し、安心を得るという働きをしがちだ、ということです。

 確かに脳はそれだけひたすら判断を繰り返していてお疲れなのでしょうが、だからといってパターン化された判断をされたり楽をされると困ることも多いはず。本を読むのが嫌だったり、新しいことに挑戦するのが嫌だったりするのは全て脳が楽をしたいためです。

 脳がそう言う態度を取るということが分かれば、意志の力で敢えて脳のさぼり癖に逆らうということもできるはず。つらい読書や敢えて知らないことの挑戦をするという生き方や、パターン化した思考に陥っていることに気がついてそれから脱却するということが、実は「自分の脳に勝つ自分」であるのです。

    ※    ※    ※    ※

 さきに紹介したナシーム・ニコラス・タレブ(以下頭文字を取ってNNTと呼ぶ)氏の「ブラック・スワン」という本に、几帳面で真摯なドクター・ジョンとだらしなくてちょっとオタクなデブのトニーとのこんなシーンがありました。

NNT:お二人さん、ここに公平なコインがあると思ってくれ。つまり投げた時に表が出る確率も裏が出る確率も同じだ。さて、それを99回投げたら全部表だった。次に投げた時に裏が出る確率はどれだけだろうか?

ジョン:くだらない質問だ。もちろん50%だろう。一回一回は独立した行為だからね。

NNT:トニー、君はどう思う?

トニー:裏が出る確率?もちろん1%もないよ

NNT:どうして?公平なコインだと言っただろう?つまり確率は毎回50%のはずだろう。

トニー:てめえ、いい加減なことを言うんじゃねえよ。さもなきゃ「50%商売」に金を出すカモだろ。いいか、コインは細工がしてあんだよ。公平なんてありえねーっちゅうんだ!(翻訳:99回投げて99回表が出たコインが公平だというあなたの仮定は誤っている可能性が高いです)

NNT:でもドクター・ジョンは50%だって言っているよ?

トニー:おれが銀行にいた時にも、こんなカモが何人もいたよ。ちょろいぜ。みんな簡単にだませるぜ!

    ※    ※    ※    ※

 ドクター・ジョンは与えられた枠の中で物事を考える人。一方デブのトニーは目の前の事象を枠の外で考えられる人です。

 人生でハプニングが起きた時に冷静に対処出来るのはおそらくデブのトニーの方でしょうね。

 物事を枠にはめて考えることの危うさを常に心のどこかにとどめておけるでしょうか。
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日本の女性は…

2009-10-06 22:37:04 | Weblog



 「隣の芝生は青い」と言いますが、隣の国の女性は綺麗に見えるのでしょうか。

 お隣の国中国のブログではしきりに日本女性に対して主に賞賛の記事が寄せられますが、しまいにはどこまでが本当なのか、釣りネタではないか、と思うような日本では見かけないような話題もたくさんあります。

 まずはご一読ください。

---------- 【ここから引用】 ----------

【<亭主関白>結婚は「三低男」と!?変わる日本女性の結婚観に驚き】
 http://rchina.jp/article/28158.html

 2009年1月31日、環球時報は日本人女性の結婚観が変化していると報じた。「三高」がもてはやされたのは今や昔、いまでは「三低」が人気だという。

 「三低」とは「低姿勢(女性を尊重すること)」、「低リスク(収入が安定していること)」、「低依存(互いの生活を束縛しないこと)」を意味する。結婚後も仕事を続けたい女性が増えるなど独立心が高まったこと、バブル崩壊後の景気悪化を経験し高収入よりも安定を求める傾向が強まったことを背景にしているという。

 映画などの影響もあり、中国では日本人は「大男子主義」(亭主関白で男性が家事などを一切しないこと)であると広く信じられている。中国は女性が強いだけに、優しく尽くしてくれる日本人女性と付き合いたいと願う男性も少なくない。「三低」人気を伝えるニュースはこうした日本人観を変えるものとなるかもしれない。(翻訳・編集/KT)


   *   *   *   *   *

次はおまけ

【日本人女性は“優しすぎ”て困る?結婚生活がツラい!】
 http://rchina.jp/article/35949.html

 2009年10月、ネット掲示板に日本人女性と結婚したという男性が書き込み、注目を集めている。最高の生活は「アメリカの家に住み、イギリスの服を着て、中国の料理を食べて、日本人の妻をもらう」というが、男性は結婚生活がつらいとこぼしている。半島網が伝えた。

 書き込みによると、男性はある日系企業の従業員。同僚の日本人女性と結婚した。日本の習慣により、妻は結婚後に退職、専業主婦となった。家に帰ると「おかえりなさい」と妻が迎えてくれ、靴をならべ服をたたんでくれる生活。もちろん夕食の準備も出来ている。

 人のうらやむ生活に思えるかも知れないが、夫はどうにも居心地が悪かったという。しかもたまには中華料理が食べたいと夫が料理でもした日には「仕事も家事もあなたがやったらわたしの価値がないじゃない」と泣き出してしまったとか。

 そこで夫は日本人男性を学ぶことにしたという。毎日仕事の後は友人と飲み歩き、家に帰ればソファにでんと座って何もしない。それでうまくいくようになったというが、毎日飲み歩き家では寿司や焼き魚、煮物といったごちそうを食べる生活も長く続けば逆につらいもの。「うちのかわいい嫁は本当に困りものだ」と夫はこぼしている。

 あまりにもステレオタイプな描写だけに作り話のようにも思えるが、中国人ネットユーザーには「やっぱり日本人女性はいい」と受け止められたもよう。掲示板には「マジうらやましい」「自慢しやがって。うらやましすぎ」「子育ても仕事も家事も女性の担当っていうほうが不平等でしょ」「それなら……うちの嫁と交換しようぜ」などのコメントが寄せられている。

 中国では日本は「大男子主義」の国で、日本人女性は男性を立て優しいと信じられている。一方の中国はというと、「妻管厳」(気管炎と似た発音。妻の立場のほうが強いことを言うジョーク)の国とあって日本人女性と付き合いたいと思っている男性が多いようだ。(翻訳・編集/KT)

---------- 【引用ここまで】 ----------


 北海道物産展へ行って見たら、人気商品は道産子が見ても知らない商品ばかり・・・のような感じですがいかがでしょう。

 上記最初の記事の「三低」をWikipediaで見ると、『三低(さんてい)は、「低姿勢・低依存・低リスク」の略。

 バブル期の三高に対して、現在の不安定な社会情勢を反映した女性からみた男性結婚相手の理想像として取り上げられている。[要出典]

「低姿勢」~女性に対して、また全般に丁寧・威圧的でない等の真摯な態度、女性やほかのひとを尊重する姿勢。だが卑屈な人間を意味するのではない。
「低依存」~家事や身の回りの諸事をパートナーに頼らない。
「低リスク」~リストラや事故・事件等に巻き込まれることの少ない職種および、手に職(スキル)や資格・免許を持っている。危険に挑戦することを回避し、人生何事も穏やか第一で、良い意味で事なかれ主義を通せる人。(例:教員・公務員・職人)  』

 とありましたが、どういう文献などでどのように取り上げられているのかの出展が明記されていないことや、内容が中立的観点から議論中という注釈がつけられており、社会の中でまだ必ずしも認知されていないという印象を与えます。実際この記事を読むまで私も知りませんでした。

 もっとも、もし「三低」があったとしても、低学歴、低収入、低身長が良いといっているわけではないので、「三高(高学歴、高収入、高身長)」から価値が変わったわけではありません。むしろ、高収入でいながらそれが景気に左右されない低リスクが良いと言うのですから、三高の上になお三低が良いというわけでさらにハードルが上がったと見るべきでしょう。

 そのうち、住むのが中心都市で、中心的プロジェクトの中核的存在でいる・・・なんて、「三中」が出てくるかも。


 二つ目の記事は単なるネタでしょう。はいはい、笑って笑って・・・。 
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どうなる日本の人口減少

2009-10-05 23:15:55 | Weblog
 そろそろ麻生政権下での補正予算の見直し項目がまとまるのだそうです。

 目標の3兆円に届かないという予測も出ていますが、政権のマニフェストにある子供手当や高校無償化などを実行するためには7兆円以上の財源が必要と予想されています。

 少子化により人口減少局面に入った日本ですが、人口減少は海外からも心配されているようです。


---------- 【ここから引用】 ----------
【英国ブログ】少子高齢化により日本は衰退していくのか 2009/09/29(火) 08:51
 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0929&f=national_0929_009.shtml


 先進国の中で最も速く少子高齢化が進んでいるといわれる日本。新政権は少子化対策として子ども手当の導入などを決めており、鳩山首相は有効な国内政策として国連総会での演説でも紹介している。

 英国の放送局「BBC」のウェブサイトでは、記者Robin Lustigが日本の少子高齢化問題について取り上げている。「日本は65歳以上の人口の割合が世界で最も大きく、また15歳以上の割合は最も少ない。このままのスピードで行くと、今世紀末には日本の人口は現在の半分になってしまう」と説明し、「日本は文字通りゆっくりと衰退に向かっている」と記している。

 筆者は理由の一つとして「日本の男性は30歳の時点で、半数以上の割合の人が未婚との調査結果がある。マンガやゲームなどに夢中となり、現実社会と向き合おうとしない男性が増え、女性が結婚したいとの希望を抱かなくなってきたことに一因があるのではないか」との考えを示している。

 また「日本はトヨタ、日立など世界をリードする企業を抱える先進国であり、信号や行列などには人々はきちんと並んで待つ成熟した社会を持つ国である。一方で、女性がメイドの姿をして孤独な男性を相手にするような幼児化した一面も併せ持っている」と記し、最後に「日本の将来はどうなってしまうのだろうか」と結んでいる。(編集担当:松井望・山口幸治)

---------- 【引用ここまで】 ----------

 ここでは人口減少の理由に若者が結婚をしたがらないことが少子化の理由としてあげられているようですが、確かに婚姻数の減少は影響が大きいようです。

 婚姻数の減少理由には、個人の問題、経済的な不安などもありますが、やはり雇用が安定しない事による経済的不安が大きいのではないでしょうか。そしてこの「雇用の安定」ということがこれまた難しい社会的課題と言えます。

 公共事業が華やかだった頃は、健康な体一つあれば日雇い作業をすればなんとか食いつなげましたが、それが続く保証もない今日、正規雇用者と非正規雇用者の賃金格差は年々開くばかりです。

 求められる労働の質が肉体労働的なものから頭脳労働的に変化しているのに対して、労働者の育成やマッチングが追いつかないのも現状です。そこで高等教育の充実や就労のための教育が必要…という話しに繋がって行くのですが、桶屋を設けさせるためには風を吹かさなくてはならないというような難しい関連づけがなされているようです。

 何でも教育のせいにすれば良いというものでもないでしょうし、その一方でお金がありさえすれば目の前の課題が解決するというのも安易な考えのように思えます。

 結局雇用問題も、迂遠のように思われる教育や制度の充実という物事の上流部を改善することと、まず目の前の課題を取り除くという短期的な対応、さらには将来に希望が感じられるようなビジョンを示すといったことの組み合わせでしか解決しないのでしょう。しかもそれが少子化の改善に繋がるかどうかもよく分かりません。

 成熟社会の銭湯で悩むのも課題先進国日本の運命だとしたら、果敢に立ち向かわなくては。 

 
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アキバの新感覚献血ルーム akiba:F

2009-10-04 23:59:34 | Weblog
 この10月1日にオープンした、今秋葉原でホットな話題の献血ルーム『Akiba:F』へ行ってきました。

 最初に何気なく、秋葉原駅北側にあるいつもの献血ルームに行ってみたところ、どうも相変わらず古い感じで、ネットで話題になっているような未来の献血ルームじゃない…。

 中で受付をすませてパンフレットを見ていると、なんとここのすぐ近くに新しくできたのが『Akiba:F』だというではありませんか。(失敗したなー)と思っていたところ、2時間も待たされたあげくに、「申し訳ありません、手違いで午後2時からの採決になってしまうのですが…」と係の方からドジな申し訳がありました。

 これはもっけの幸い。「それじゃあ無理ですので献血カードを返してください」と献血をキャンセルして、本物の『Akiba:F』へと向かいました。ちゃんと行きたいところに行けるようになっていました。これはラッキー。

    ※    ※    ※    ※



 アキバのホットな献血ルーム『Akiba:F』はビルの五階。アキバらしい未来的な内装で、コンセプトは『80年代から見た未来』なんだそうで、開園の10月1日から来年の1月8日までのイベントとして、思い通りに歌を歌わせるデジタルミュージックソフトの美少女キャラ「初音ミク」の展示会が催されています。

 室内の展示コーナーには初音ミクのフィギュアが数多く飾られ、休憩コーナー中央の円形テーブルの真ん中には彼女の3Dホログラムによる立体映像まであって、徹底的にアキバ系住人好みに仕上がっています。

 しかも内装だけではなく、パソコンや携帯用の電源や無線LANまで備え付けられているので、待ち時間も苦になりません。献血ルームはソフトドリンクやお菓子の類は無料サービスなので、これからの待合い所はこうあるべきというサービスは大概揃っているというわけですね。








    ※    ※    ※    ※

 献血の順番が来て成分献血を受けながら、看護士さんに「公共の施設で、自分の職場が自慢になり、それが羨ましがられるという職場ってすごいですね」と訊いてみると、「いえ、二日前にここに来て、と言われて来たのでまだ施設も見ていないんです。それにやることは他の献血ルームと変わりませんしね(笑)」ということでした。

 しかしこの感性は若者には大受け間違いなし。千客万来は良いとして、単なる見学者という人もいるようで、施設側では「あくまでも献血の方優先ですから」とのこと。

 こういう施設コンセプトにゴーサインを出した当局の方は尊敬に値すると思います。

 常に新しい感性を生み出す秋葉原らしい献血ルームです。 

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笠間のこだわり豆腐屋さん

2009-10-03 23:47:25 | Weblog
 昨日のひたち海浜公園の旅の夜は、笠間市にいる知人のお宅に泊めてもらいました。

 まあ飲んだ飲んだ…。どれくらい飲んだかというと、「具合が悪くなる」くらい飲みました。しかも呑みながらオリンピック開催都市の投票中継番組を見ていて、『東京落選』の瞬間も見てしまいました。悪酔いはそのせいかも知れませんが。

    ※    ※    ※    ※

 一夜明けて、笠間市内を車で案内して頂いて最後は水戸まで送ってもらいました。

 まず笠間と言えばなんと行っても笠間稲荷にお詣りに行かなくては。こちらは社殿によると創建が白雉(はくち)2年(651年)とされ、1350余年の歴史を有する由緒ある神社です。

 「白雉」という元号は、日本の元号の始まりである大化の改新の「大化」に次ぐ二番目の元号。実に古いことが分かりますね。

 この神社は歴代藩主の崇敬も篤く、その中には有名な赤穂浪士の浅野家もあります。大石内蔵助の別邸跡という史跡もあって、赤穂浪士の中には笠間生まれという人も多く含まれています。歴史ってこうしてみると面白いですね。



    ※    ※    ※    ※

 この近くに美味しいことで評判の豆腐屋さんがあるというので連れて行ってもらいました。その名も「佐白山(さしろやま)のとうふ屋」

 朝十時の開店と同時にお店へ入って、白いざる豆腐と緑のざる豆腐を注文してお店の中で食べさせてもらいました。



 聞けばご主人は62歳まで自動車ディーラーの会社を務め終えた後、65歳になってからこのお店を始めたのだと言います。脱サラというよりもまさに第二の人生そのもの。

 後ろにそびえる佐白山は御影石の山なのだそうで、ここからわき出る水が実に良い水なのだそう。そこへ、国内産のこだわった大豆と赤穂の塩田産天然にがりを加えて実に美味しい豆腐を作るのです。

「私は自動車会社で営業を長くやってきましたが、やはり商売はいかに他にはないものを差別化して提供出来るか、ということに尽きると思います」とはご主人の弁。

「それに加えて、ここから転封していかれた浅野家由来の赤穂の天然にがりもひとつのこだわりです。こういう『なぜか』という曰く因縁が、提供する品にさらに彩りを添えますでしょう?」

 商売の極意はこういうことなんでしょうね。

「ご主人、豆腐というのはやはり朝早く起きて作っているんですか?」
「ざる豆腐は前の日に作ります。そうして一日水を切るんです。豆は佐賀のフクユタカという品種と地元の豆をブレンドして作りますが、佐賀のフクユタカというのは本当に良い豆腐になる大豆なんです。値も張りますがそれだけ美味しいですからね」

 ここで食べた豆腐は本当に美味しかったのですが、実は醤油もこだわりの醤油なのです。旨いはずです。

 こういうこだわりが揃った食べ物というのは、もう値段ではありません。「食べることが出来て良かった~」と心底感謝したくなります。

 売る側だけではなく、買ってくれたお客さんにも「ありがとうございました」と言わせる商売ってすごいと思います。

 それにしても65歳からの起業とは恐れ入りました。元気があればなんでもできますね。

 佐白山の豆腐屋さん → http://toufuya.biz

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