桜が満開の日曜日ですが、朝から曇り空で時々強風が吹きました。
午後からポツリポツリ降り出して、暗くなる頃には冷たい強い雨になりました。
今日は3月31日の続きです。
アスクレピオスはアポロンとテッサリアの王女コロニスの子である、が、別の説もある。
アポロンは嫉妬心から愛するコロニスを殺したが、
コロニスはアポロンの子を宿していることを知ると、
火葬台のコロニスからわが子アスクレピオスを取り出し、
ケンタウロス族(腰から上は人間、足は馬の四本足)の
賢者ケイロンのところに連れて行き養育させた。
ケンタウロス族の中でケイロンだけが、
体の形状が異なって、腰から上は人間で、馬の2本足の姿だった。
ケンタウロス族は乱暴だったが、ケイロンはアポロンから音楽・医術・予言の技を
アルテミスから狩猟を伝授されていた。そこで、ギリシア神話の英雄たち、例えば、
ヘラクレスやアキレウスなどの養育を行っていた。
アスクレピオスはケイロンから医術を学んだ。
アスクレピオスは死者を蘇らせたので、
冥府の神ハデスの怒りをかい殺されてしまった、が、医術の神となった。
・・時は流れ・・・・
前431年、ギリシアではペロポネソス戦争が始まる。
この戦争はアテネとスパルタを中心とするギリシア内部の戦争だった。
スパルタに包囲されたアテネでは、疫病がはやり、
アテネの指導者ペリクレスも死んでしまった。
この頃から、アスクレピオスの信仰が大流行するようになった。
高校の世界史の教科書に必ずでている写真・エピダウロスの劇場の遺跡
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エピダウロスは紀元前4世紀にアスクレピオスの神殿を中心に
劇場・競技場などからなる、大医療センターだった。
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現在は石がゴロゴロしているだけで・・当時を想像するのはむずかしいが・・・。
2枚の写真は2002年秋にこの地を訪れた時のものである。
このとき、エピダウロスの野外劇場が一大医療センターの1つの施設
であることを初めて知った。
ギリシア・ヘレニズム時代は外科治療も進んでいたが、
当時の医術は心身のトータル医療を行っていたことを物語る施設のように見えた。
射水病院の外科部長の行為を突破口に、生命倫理を考えることを
突きつけられたような思いがするこんにち、
古代の医療について現代人が学ぶことが多いのではないかと思う。
今日は尊厳死のテーマまで書けなかったので後日にします。
最後に、紀元前399年にアテネの裁判で処刑されたソクラテスの最後の言葉は、
『私 は鶏をアスクレピオスに返さなくてはならない』と言ったとされています。
どのような意味なのでしょうか
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