尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

今井正監督生誕百年①ー「50年代」の再発見

2012年05月02日 23時23分17秒 |  〃  (日本の映画監督)
 戦後日本の社会派映画の巨匠今井正監督(1912~1991)が今年で生誕100年。すでに銀座シネパトスで特集上映が行われたが、さらに>国立近代美術館フィルムセンターで2期にわたる大回顧上映が行われる。(第1期は5.5~7.10、ただし、5.25~6.16を除く。)作品数が多いのでそれでも全作品ではないけれど、主要な映画は上映されるので、それを機にちょっとまとめて紹介しておきたい。
(今井正監督)
 今井正監督は、基本的にはリアリズムの立場にたつ左翼的ヒューマニズムの映画を撮り続けた。戦時中から90年代まで作品を残しているが、もっとも輝いていたのが1950年代である。戦争の記憶が鮮明で、貧困が最大の問題だった時代。電話やテレビがほとんどの家にはまだなかった時代。高度成長以前の社会である。この時代のことはほとんど忘れられている。戦争の時代と高度成長の時代は、それなりに記憶され物語として想起され続けている。しかし、その間の朝鮮戦争から安保闘争までの1950年代の位置づけが難しい。冷戦下の左右対立が激しく、左翼勢力がアメリカに対して「反米愛国」を掲げていた一方、左右を問わず「原子力の平和利用」を支持していた。鳥羽耕史「1950年代 『記録』の時代」(河出)という本も2010年に出ているが、1950年代はこれから「再発見」されなければならない。

 今井監督の主要な作品を列挙する。(ベストテン入選作品。太字はベストワン。数字が順位。)
1949 青い山脈②     石坂洋次郎原作、原節子主演の「民主主義映画」
1950 また逢う日まで①  戦時下の青春の悲劇。ガラス越しの「接吻」
1951 どっこい生きてる⑤ 前進座主演で日雇い労働者の苦闘を描く独立プロ作品。
1952 山びこ学校⑧    無着成恭編集の子供たちの作文集の映画化。山形の村の教育を描く。
1953 ひめゆりの塔⑦   沖縄戦で看護に徴用された女子学生の悲劇。
1953 にごりえ①     樋口一葉原作3話を原作とするオムニバス映画。
1955 ここに泉あり⑤   群馬交響楽団の苦闘を描く独立プロ作品。
1956 真昼の暗黒①    死刑判決を受け最高裁上告中の八海事件の無実を主張する。
1957 ①        霞ヶ浦周辺に生きる農漁民の貧しさ、苦闘をカラーで描く。
1957 純愛物語②     不良少年と少女の純愛を、広島の原爆後遺症とからめて描く。
1958 夜の鼓⑥      近松原作の古典を徹底したリアリズムで描く悲劇の時代劇。
1959 キクとイサム①   会津の農村で米軍の黒人兵との「混血」児の苦難を描く。
1961 あれが港の灯だ⑦  韓国との海上ラインでもめる漁船問題と在日漁師の苦悩。
1962 にっぽんのお婆ちゃん⑨ 浅草を舞台に老人問題を描く。北林谷栄とミヤコ蝶々主演。
1963 武士道残酷物語⑤  日本の人権無視の悲劇を描く時代劇。ベルリン映画祭金熊賞。
1964 越後つついし親不知⑥水上勉原作の女の悲劇。
1964 仇討⑨       下級武士の悲劇を描く時代劇。

 1949年から1964年までの16年間に17本の映画がベストテンに入選している。(キネマ旬報ベストテン。)この時代は世界映画史的には、クロサワとオヅが傑作を連発していた奇跡の時代と記憶されている。しかし、日本の同時代的評価としては「今井正の時代」と呼ぶ方が当たっている。特に1950年から59年までの10年間のうち、5回今井作品がベストワンを獲得した。ちょっと信じられないほどの高評価である。現在の評価からすると、50年は「羅生門」(黒澤明)、53年は「東京物語」(小津安二郎)、57年は「幕末太陽傳」(川島雄三)がベストワンにふさわしいと思う。だから評価が高すぎたとも言えるが、そのような高い評価を今井作品が得る時代背景があったのである。それが「1950年代」という時代である。(「真昼の暗黒」と「キクとイサム」の1位は今でも妥当だと思う。もっとも「キクとイサム」と「野火」(市川崑)は甲乙つけがたい。)

 今井作品を見ると、1位になった作品よりも、他の作品の方が記憶されているかもしれない。「青い山脈」「ひめゆりの塔」「ここに泉あり」などは、戦後という時代が刻印された映画の代表となっている。また「どっこい生きてる」という題名も今も使われる。現在進行形で冤罪を告発する映画も「真昼の暗黒」が世界映画史で初めてだろう。(その後日本でたくさん作られるが、最初のこの作品の功績が大きい。)「ひめゆりの塔」は沖縄ロケはできない時代なので埼玉で撮った。よく頑張っているが、沖縄色よりも戦時色が強いのは今見ると否めない。しかし、以後何回か作られる(今井監督も82年にリメイク)中でも、戦時中の苦難の思い出が一番伝わるような気がする。「本土」での沖縄戦の記憶はこの映画に負うところが大きいだろう。群響の苦闘を描く「ここに泉あり」も、戦後の希望がリアルに描かれ有名だが、ハンセン病療養所草津楽泉園の描写が今見ると「差別」になっている。この間、「女の顔」「由起子」「白い崖」の選外映画も撮っているので、驚くべき多作である。

 日本の左翼系の独立プロによる「ネオ・レアリスモ」映画は、本家イタリアに負けない。世界映画史上で再評価が必要だと思うのだが、今井正のリアリズム映画はその中核に存在する。僕は特に「キクとイサム」が感動的な作品だと思う。また「真昼の暗黒」は30年くらい見てないので再見してみたい。「にごりえ」も最近久しぶりにみて、再評価が必要な名作だと思った。同じ年に「東京物語」「雨月物語」という大傑作があり、また「煙突の見える場所」「日本の悲劇」「縮図」などの傑作もあるという年だった。「にごりえ」が1位だが、逆に歴史の中で隠れてしまった感もある。しかし、技術力の高さは素晴らしい。日本の戦後の「初心」を確認するためにも、今井正の位置の再確認が大切だ。
コメント
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