尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『別れる決心』と『バビロン』、「一見の価値ある映画」の問題

2023年03月01日 22時18分11秒 |  〃  (新作外国映画)
 正月公開映画が一段落すると、アカデミー賞候補作が続々と公開されてくる。また前年の有名映画祭受賞作も、一年遅れぐらいで日本公開になることが多い。アカデミー賞で受賞が有力視される映画は(今年は3月13日に発表)、3月の発表前後に公開する方が有利である。しかし、「アカデミー賞ノミネート」が売りの映画だと、「アカデミー賞最有力」とか言って1月、2月の公開になるんだろう。今回書くのは、自分的には見逃したくない作品で、「一見の価値あり」というレベルである。つまり、それは「必見の映画」とまでは言わない。映画マニア向けに落とせないという意味で書いておきたい。

 まずは韓国のパク・チャヌク監督の『別れる決心』。2022年のカンヌ映画祭監督賞受賞作である。パク・チャヌクはカンヌに深い縁があって、『オールド・ボーイ』(2003)がグランプリ、『渇き』(2009)が審査員賞を獲得している。この監督の映画は大体変で、その「変さ」を拒否しない人だけが評価することになる。僕もソン・ガンホが吸血鬼の神父という『渇き』は、やりすぎで全然乗れなかった。今回の『別れる決心』も設定が変なうえ、盛り込みすぎで整理されていない印象が残る。

 紹介をコピーすると、「男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュン(パク・ヘイル)と、被害者の妻ソレ(タン・ウェイ)は捜査中に出会った。取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、それぞれの胸に言葉にならない感情が湧き上がってくる。いつしか刑事ヘジュンはソレに惹かれ、彼女もまたへジュンに特別な想いを抱き始める。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”のはじまりだった……。」

 ソレ容疑者は中国人という設定で、演じているタン・ウェイも中国人。アン・リー監督『ラスト、コーション』の主役だった人だという。ところどころで中国語の方が話しやすいと言って、スマホの翻訳機能を使って答える。「刑事」と「容疑者」の「許されない恋愛」を描く映画なわけだが、刑事は捜査のため張り込み監視を続けていて次第に惹かれていく。その悩ましい感情の揺れ動きが見どころである。ソレは介護士をしていて、介護される女性はスマホに入っているアプリSiriを使いこなしている。そのような現代社会の様々なツールが映画のアクセントになっている。
(カンヌ映画祭のパク・チャヌク監督)
 ストーリーを追って、どうなるんだろうと思いながら見ていると、途中である「展開」がある。そこで終わるかと思った時に、また後半が始まってしまう。そこからラストまで一気呵成に進行するけど、このラストは何? 美しい映像に引き込まれていると、やはり「悲劇」で終わるしかない物語だったかと思う。やっぱり変な映画だったなあと思うけど、パク・チャヌクを好きな人なら不満は感じないだろう。

 もう一本、アメリカ映画『バビロン』も書いておきたい。こっちは2月10日公開で、もう上映時間が限られてきている。『ラ・ラ・ランド』でアカデミー監督賞を(史上最年少の32歳で)受賞したデイミアン・チャゼルの新作である。ハリウッド草創期を大セットで再現した夢のような映画だけど、何しろ185分というのが長すぎる。ゴールデングローブ賞の作品賞には「コメディ・ミュージカル部門」でノミネートされたが、アカデミー賞では技術部門(作曲、美術、衣装デザイン)しかノミネートされていない。経験上、そういう映画は見た後に「イマイチだなあ」と思うことが多い。この映画もまあそのクチだろう。

 しかしながら、その壮大なセット、衣装などで描かれる「悪徳の都」ハリウッドの魅惑は一見の価値がある。すでに無声映画のスターだったジャック・コンラッド(ブラッド・ピット)は、トーキー(発声映画)の登場で危機に陥る。これは全世界の映画界で起こったことだが、後にミュージカル『雨に唄えば』で描かれた。この映画でも『雨に唄えば』が再現されている。一方、富豪のパーティに紛れ込んだネリー・ラロイ(マーゴット・ロビー)は体を張って幸運をつかみ取りスターになる。もうひとりメキシコ青年マニー・トレス(ディエゴ・ガルバ)は映画界で仕事を得たいと走り回っている。
(『バビロン』のスター)
 実在人物(プロデューサーのアーヴィング・タルバーグなど)を交えながら、映画界の裏表が語られる。ただ盛り込みすぎで、壮大ではあるが空疎感もつきまとう。若手二人の結びつきが映画の目玉になるが、結局ネリー・ラロイという新進女優はハリウッドの悪徳に飲みこまれてしまう。その悲しい道行きを語るときに、マーゴット・ロビーの「下品」な感じがうまく生きている。「夢の装置」だったハリウッドの裏を描く映画は、案外多い。『バビロン』はその中でも、セットや衣装の豪華さは有数のもの。だけど、笑えないような下品なエピソードが多いのも確か。
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