尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

韓国映画『パーフェクト・ドライバー』と『オマージュ』

2023年03月29日 22時20分26秒 |  〃  (新作外国映画)
 韓国映画の新作を続けて見たので、その感想。一本目は『パーフェクト・ドライバー/成功確率100%の女』である。シネコンで見逃したが、柏のキネマ旬報シアターでやっていたので見に行った。『パラサイト』で一家四人の長女(美術の家庭教師)役をやっていたパク・ソダムが、超絶ドライバー役で主演している。女性が主人公の犯罪アクション映画は珍しい。

 もちろん裏社会でワケありの「荷物」を運ぶのである。そして敵と時間に追われる中、超絶的テクニックで運転していく。そのアクションが見どころ。カーアクション映画は多いけど、最近ではアメリカの『ドライブ』や『ベイビー・ドライバー』が思い浮かぶ。その韓国版、女性版と言える映画だが、アメリカの2作とは途中からかなり違ってくる。そもそもアメリカの2作は、犯罪者御用達のドライバーだった。『パーフェクト・ドライバー』も当然裏社会の要望に応えるわけだが、誰かと事前に組んでいるのではなく、一回ごとに依頼されて運転するタクシーみたいな仕事である。

 パク・ソダム演じるチャン・ウナは「脱北者」という設定で、脱出の過程で壮絶な体験をしている。韓国社会で生きるために、プサンで「特殊配送」をしている。多くの場合、「なんだ女か」と言われるが抜群のテクニックで「成功確率100%」を誇っている。だが、ある時請け負ったソウルの仕事は厄介だった。野球賭博に関わった選手とその息子を逃がすというミッション。ところが、その選手は事前に殺されてしまい、子どもだけが残る。仕方なく子どもだけ連れて逃げざるを得ない。その子をやってるチョン・ヒョンジョンも『パラサイト』で社長一家の子どもだった子役。

 こうなると、映画に詳しい人ならもう一本の映画を思い出すだろう。ジョン・カサヴェテス監督の『グロリア』(1980)である。子どもを連れて組織から逃れるジーナ・ローランズの壮絶な逃避行。ウナも同じように必死に逃げながら、子どもへの愛情が芽生えてくる。そして追ってくる敵の正体は? ウナが脱北者だということから、国家情報院まで絡んできて、ついにプサン港にある会社で壮絶な闘いが始まる。この展開は韓国的かもしれないが、ちょっと不満。車の逃亡が中途半端になっているからだ。ソウルからプサンだとすぐ着いちゃうのである。でも一貫して不機嫌そうなパク・ソダムがカッコよくて見映えする。パク・デミン監督。広大なアメリカ大陸と違う狭い道ばかりの韓国で上手にロケして盛り上げている。

 アクション娯楽作の『パーフェクト・ドライバー』と違って、もう一本の『オマージュ』は歴史を越えて女性映画監督の世界を描く作品である。女性ドライバー映画も珍しいが、女性映画監督を主人公にした映画というのも興味深い。女性のシン・スウォン監督の3作目。売れない女性監督ジワンイ・ジョンウン)は新作ホラー映画も大コケして映画製作のピンチにある。夫婦関係も上手く行かず、一人息子も頼りない。そんな時文化センターの仕事として、60年代に活動した女性監督ホン・ジェウォン女判事』の修復を頼まれる。映画は途中から音声が失われているので、それを再現する仕事である。

 セリフを確認するために監督の娘のもとを訪ねるが脚本は見つからない。代わりに若い頃に撮った写真を貰う。その写真には3人の女性が写っていた。そしてデジタル映像を確認していてラストの展開がおかしいと気付く。そこで探索を始め、写真を撮った場所である「明洞茶房」が奇跡的に残っていた。そして編集者だった女性の住所を教えて貰い、忠清道まで会いに行く。その田舎暮らしのシーンが心に残る。昔行ったことがある辺りで、何となく風景になじみがある。そこで教えられたのは、展開がおかしいのは検閲で切られたということだった。

 その「女判事」という映画は当然フィクションだと思うし、60年代初期に女性映画監督がいたかどうかも知らない。ただ、韓国映画に「紅一点」の女性監督がいて、1962年に韓国初の女性裁判官の実話映画を作ったという設定は刺激的だ。時代的には朴正熙大統領の軍事政権が始まったばかりの頃である。女性に対する偏見は今よりずっと大きかったことが判る。修復する映画も、映画内の女性監督も、特にフェミニズム的な社会映画を作っているわけではない。だけど、時間を越えて「女性映画監督」という連帯感がある。完成度的に多少甘いと思ったけど、興味深い映画だった。主演のイ・ジョンウンも、『パラサイト』でワケあり夫を抱えた前の家政婦をやってた人で、『パラサイト』にはさすがに才能が集結していた。
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