エルサルバドルという国がある。中央アメリカにある小国で、西と北をグアテマラ、東と北をホンジュラスに接している。アメリカのレーガン政権時代に悲惨な内戦があったこと覚えている人がいるかもしれない。米ドルを通貨にしているが、さらに2021年に何と世界で唯一ビットコインを法定通貨の一つに指定したことでも知られている。
この国ではカトリックの影響力が強く、人工妊娠中絶が禁止されている。そういう国は他にもあるけれど、ここではそれだけではない。驚くべきことに、死産・流産した女性が法的に処罰されるのである。2007年に腹部に痛みを感じ意識不明で死産したテオドラ・デル・カルメン・バスケスさんは、その後に起訴されて懲役30年を宣告された。アムネスティ・インターナショナルが世界的に抗議を行った結果、2018年になってテオドラさんはようやく釈放されたのである。
このような話を聞くと、多くの人は信じられないと思うだろう。誰しも好きで死産する人はいない。それはやむを得ない身体的出来事であって、「胎児に対する殺人」などと考えるのはおかしい。だけど、以下のような日本で起きたケースを見ると、日本はどこまでエルサルバドルと違っているのか疑問が湧いてくる。それはベトナム人技能実習生レー・ティ・トゥイ・リンさん(24)の「事件」である。リンさんは妊娠したことを言い出せず、双子の子どもを死産してしまった。自宅で遺体を1日半置いておいたことで「死体遺棄」に問われたのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/0d/49/b0fe2f76c4688e03f4e9b6f72ad74850_s.jpg)
2020年11月、熊本県芦北町で起こった出来事である。一審熊本地裁は懲役8ヶ月、執行猶予3年の有罪判決、福岡高裁は一審判決を破棄したものの改めて懲役3ヶ月、執行猶予2年を言い渡した。最高裁に上告し、口頭弁論が2月24日に行われた。判決は3月24日(金曜日)3時に言い渡される。最高裁の審理では、原判決を破棄する場合は口頭弁論(書類審査ではなく、当事者双方の言い分を直接法廷で聞くこと)を開かなければならない。口頭弁論を開いたら必ず破棄されるわけではないが、憲法違反や死刑事件じゃないのでほぼ間違いなく破棄されると期待している。差し戻しではなく、自判して無罪判決でなければならない。
法律的な争点は「死体遺棄が成り立つか」である。刑法190条の死体遺棄罪には細かい事が何も書かれてない。この規定は「死者に対する敬虔感情」を守る事が目的とされる。具体的に言えば、「社会風俗上の埋葬とは認められない方法によって死体を放棄すること」である。関連サイトを見ると「リンさんは激しい腹痛に襲われ、一晩中痛みと出血、孤独と恐怖にさいなまれながら双子の赤ちゃんを出産しました。動かない赤ちゃんを見てとても悲しく、手近にあった段ボール箱を棺がわりにタオルを敷いて双子の遺体を安置しました。名前をつけ「ごめんね、私の双子の赤ちゃん!!早く安らかなところに入れますように」と書いた手紙を添えました。」ということである。常識で考えて、これは「死体遺棄」とは認められない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/77/1b/7ba2e721ae9849c8af91c64dee3d2262_s.jpg)
しかし、この裁判には法律的観点とは別にした「真の争点」がある。それは「現代の奴隷制度」とも言われる技能実習生制度の問題である。リンさんは19歳で来日し、柑橘農家で働きながら一年間に休日は10日間しかなかったという。家では病気の父を抱え、来日時には送り出し機関に150万円の借金をして来日したのである。手取り12万円の中から10万円を送金していたという。そんな中でSNSで同じベトナム青年と知り合い、妊娠するに至った。だが妊娠をきっかけに送還される例が多いことから言い出せないままになっていた。死産時は「推定妊娠8~9ヶ月」とされるから、自分でもまだ猶予があると思って働き続けていたのである。
「技能実習生」の名の下に外国人労働者を目一杯働かせ、労働法規が通用しない日本社会を知っていたからこそ、リンさんは妊娠を言い出せなかった。同じように実習生が「死体遺棄」に問われた事件は、2018年以降だけでも8件あるという。まさに問われているのは日本社会であり、日本の人権状況ではないか。最高裁判決に注目したいと思う。
この国ではカトリックの影響力が強く、人工妊娠中絶が禁止されている。そういう国は他にもあるけれど、ここではそれだけではない。驚くべきことに、死産・流産した女性が法的に処罰されるのである。2007年に腹部に痛みを感じ意識不明で死産したテオドラ・デル・カルメン・バスケスさんは、その後に起訴されて懲役30年を宣告された。アムネスティ・インターナショナルが世界的に抗議を行った結果、2018年になってテオドラさんはようやく釈放されたのである。
このような話を聞くと、多くの人は信じられないと思うだろう。誰しも好きで死産する人はいない。それはやむを得ない身体的出来事であって、「胎児に対する殺人」などと考えるのはおかしい。だけど、以下のような日本で起きたケースを見ると、日本はどこまでエルサルバドルと違っているのか疑問が湧いてくる。それはベトナム人技能実習生レー・ティ・トゥイ・リンさん(24)の「事件」である。リンさんは妊娠したことを言い出せず、双子の子どもを死産してしまった。自宅で遺体を1日半置いておいたことで「死体遺棄」に問われたのである。
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2020年11月、熊本県芦北町で起こった出来事である。一審熊本地裁は懲役8ヶ月、執行猶予3年の有罪判決、福岡高裁は一審判決を破棄したものの改めて懲役3ヶ月、執行猶予2年を言い渡した。最高裁に上告し、口頭弁論が2月24日に行われた。判決は3月24日(金曜日)3時に言い渡される。最高裁の審理では、原判決を破棄する場合は口頭弁論(書類審査ではなく、当事者双方の言い分を直接法廷で聞くこと)を開かなければならない。口頭弁論を開いたら必ず破棄されるわけではないが、憲法違反や死刑事件じゃないのでほぼ間違いなく破棄されると期待している。差し戻しではなく、自判して無罪判決でなければならない。
法律的な争点は「死体遺棄が成り立つか」である。刑法190条の死体遺棄罪には細かい事が何も書かれてない。この規定は「死者に対する敬虔感情」を守る事が目的とされる。具体的に言えば、「社会風俗上の埋葬とは認められない方法によって死体を放棄すること」である。関連サイトを見ると「リンさんは激しい腹痛に襲われ、一晩中痛みと出血、孤独と恐怖にさいなまれながら双子の赤ちゃんを出産しました。動かない赤ちゃんを見てとても悲しく、手近にあった段ボール箱を棺がわりにタオルを敷いて双子の遺体を安置しました。名前をつけ「ごめんね、私の双子の赤ちゃん!!早く安らかなところに入れますように」と書いた手紙を添えました。」ということである。常識で考えて、これは「死体遺棄」とは認められない。
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しかし、この裁判には法律的観点とは別にした「真の争点」がある。それは「現代の奴隷制度」とも言われる技能実習生制度の問題である。リンさんは19歳で来日し、柑橘農家で働きながら一年間に休日は10日間しかなかったという。家では病気の父を抱え、来日時には送り出し機関に150万円の借金をして来日したのである。手取り12万円の中から10万円を送金していたという。そんな中でSNSで同じベトナム青年と知り合い、妊娠するに至った。だが妊娠をきっかけに送還される例が多いことから言い出せないままになっていた。死産時は「推定妊娠8~9ヶ月」とされるから、自分でもまだ猶予があると思って働き続けていたのである。
「技能実習生」の名の下に外国人労働者を目一杯働かせ、労働法規が通用しない日本社会を知っていたからこそ、リンさんは妊娠を言い出せなかった。同じように実習生が「死体遺棄」に問われた事件は、2018年以降だけでも8件あるという。まさに問われているのは日本社会であり、日本の人権状況ではないか。最高裁判決に注目したいと思う。