尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『インタビュー ザ・大関』、№2の栄光と苦悩

2023年03月25日 22時36分46秒 | 〃 (さまざまな本)
 WBCは終わったが、他にもいろんなスポーツをやってる。今は大相撲春場所(大阪場所)も開催中。新聞の書評に武田葉月著『インタビュー ザ・大関』(双葉文庫)という本が紹介されていた。面白そうだなと思ったが、たまたま本屋に行った時にあったので買ってみた。小さい頃にテレビでよく見ていた大相撲だが、一時は見なかったけど最近また結構見ている。本を買うほどのファンじゃないけど、今回読んだのは、「大関」に絞ってインタビューしてることに魅力を感じたのである。

 どんな競技でも、一番の注目はその競技のトップを極めた選手である。大相撲ならトップは横綱ということになる。大鵬千代の富士北の湖貴乃花白鵬、それに戦前の双葉山などがもし対戦したら、一番強いのは誰か? 大谷翔平と王、長嶋が対戦したらみたいな想定をしたくなるわけである。それに対して、「大関」とは№2である。さっさと通過して横綱になった人はこの本には出て来ない。大関で終わった人だけを扱っている。五輪で金メダルを取った選手はいっぱいいるのに、よりによって銀メダルの人だけインタビューしてるみたいな本。でも、だからこそ興味深い話がいっぱい出て来る。

 ここには現役力士を含めて23人の話が載っている。ここ20年ほど大相撲の世界を席巻しているモンゴル力士は、この本には一人も出て来ない。モンゴル出身で大関になった朝青龍白鵬日馬富士鶴竜照ノ富士の5人は、全員横綱まで昇進したからである。だから外国出身で登場するのは、小錦(ハワイ)、琴欧洲(ブルガリア)、把瑠都(ばると、エストニア)、栃ノ心(ジョージア)の4人。時代も境遇も少しずつ違っているけど、外国から飛び込んで大関までなるというのがいかに凄いか痛感する。

 外国出身だと大柄な体格を見込まれて入門することが多い。番付下位なら体格だけでも勝てるけど、協会の看板力士になって優勝争いをするようになるとどうしてもケガが多くなる。ケガに苦しんで、せっかく昇進した大関から陥落することもある。先に挙げた4人は全員陥落した。次の場所に関脇で10勝すれば復帰できる特例があるが、琴欧洲はそこで8勝に終わり次場所で引退した。栃ノ心は一度は特例復帰出来たが、また陥落して次は復帰出来なかった。今場所は十両に落ちて取っている。把瑠都は復帰出来ないながら関脇で勝ち越したが、3場所目に負け越し。次場所全休で十両に落ちて引退した。今はエストニアの国会議員。

 そんな中で大関陥落後に4年も相撲を取っていたのが、小錦だった。最後は同じように陥落して下で取っていた霧島と対戦すると大喝采を浴びていた。プレッシャーから解放され、むしろ一番楽しんで相撲を取ってる感じがした。協会は退職してタレントで活躍している。今も霧島とは仲が良いらしく、この本の最後に二人の特別対談が載っている。大関時代は特に好きでもなかった二人だが、下でいつまでも頑張っていると応援したくなったものだ。
(霧島と小錦)
 僕の若い頃の力士では、1976年から79年に大関だった旭國が印象的だった。幕内最軽量の小兵で、足技を得意とした。小柄な技能派という感じだったのに、次第に強くなって三役に定着するようになった。関脇で8勝、12勝、13勝して大関に昇進したが、一度も優勝出来なかった。今ならこの成績なら優勝に届くと思う。一度なんか13連勝して、14日目に1敗、千秋楽も勝って、14勝1敗なのに優勝出来なかった。1敗した時の相手、横綱北の湖が全勝優勝だったから、どうしようもない。強い横綱のいる時代にぶつかった大関は大変なのである。だけど、引退して大島部屋を開設すると、横綱旭富士(現伊勢ヶ浜親方)、関脇旭天鵬(現友綱親方)、小結旭豊(現立浪親方)などを育てた。優秀な孫弟子の数では一番かも。モンゴル勢を一番最初に受け入れたのもこの人である。
(旭國)
 その旭國が引退直後に増位山と空港でバッタリ会って、大関獲りのチャンスだぞと励ましたという。増位山は歌がうまく、「そんな夕子にほれました」が大ヒットした。絵も上手で多趣味な力士という印象があったが、実は努力の人だったという。突然頑張って大関になったのを不思議に思ったが、そんなエピソードがあったのである。栃東は僕の家から15分ぐらいの所に玉ノ井部屋があって、「東京都足立区出身」とアナウンスされるので、下の頃から気になっていた。父が関脇栃東で、よくぞ先代を越えて大関になった。ケガが多く、2回も陥落しながら2度特例復帰した。最後は命に関わると言われて大関で引退したのが残念だった。
(栃東)
 大関になるには、「三役で3場所33勝」という目安があるとされる。横綱、大関は平均して6、7人はいたから、その中から数人を3場所続けて倒さないと大関には昇進できない。横綱、大関を倒すと、NHKの中継放送でインタビューされる。ところが大関に昇進すると、今度は自分を倒した相手がインタビューに呼ばれるのである。勝って当たり前で、負けが込むと批判される。そこで無理して頑張って大ケガする。そういう人が多い。もっと強い人は横綱に昇進していくから、昇進出来ない大関は肩身が狭い。看板力士であるプレッシャーにつぶれる人が多いことが判る。№2にまで上り詰めて地元ファンは大騒ぎするが、№2の苦悩は大きいのだ。

 ところで近年で一番残念だった大関は、野球賭博に関与して解雇された琴光喜だろう。この本じゃ、ちゃんと琴光喜にも聞いてる。全体で本人の語りを著者が上手くまとめて、裏話的な所は少ない。解雇に至る事情は出て来ないけど、まあ、その後を知ることが出来る。(コロナのガイドライン違反で6場所出場停止の朝乃山もいるけど。ここでは陥落前のインタビューで、自分にはまだ「心技」がダメなどと語っている。)出て来ない人を調べてみると、琴風大受が出て来ない。若島津は病気だろう。先代貴ノ花貴ノ浪北天佑など亡くなった人も。一番古いのは清國

 学校で言えば、№2は教頭先生。確かに大変そうだった。会社でも中間管理職は大変だろう。それと大分違うけれど、上は強くて、下には勝たないといけない。大関は大変だけど、主役と脇役の中間という立場の人は多いだろう。相撲を知らない人は読まないだろうが、なんか人生を考えた本。ところで著者の武田葉月という人は初めてだが、相撲の本を書いてるノンフィクションライターだという。著者の前書き、後書きなどが一切ないので、何でこの本を書いたのかは不明。各インタビューはなぜか「小説推理」という雑誌に連載された。
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