劇団民藝の代表を務めていた女優の奈良岡朋子が3月23日に死去した。93歳。年齢が年齢だけに、そう遠くない時期に訃報を聞くことは避けられないと思っていた。最後の舞台になるかもしれないのだから、是非もう一回見たいと思っていた。そして、2020年の民藝のレパートリーに、奈良岡朋子の公演が入っていた。それは『想い出のチェーホフ』という作品である。これは絶対に見ようと思っていたのだが、コロナ禍で中止になってしまった。そうしてもう一度見ることが出来ないままになってしまった。

奈良岡朋子は多くの舞台出演とともに、映画やテレビにもたくさん出ていた。だから、多分若い頃にテレビ番組で名前と顔を覚えたんだと思う。調べてみると、東芝日曜劇場に多く出演しているし、大河ドラマや連続テレビ小説にも出ていた。『おしん』のナレーションをやっていたのは、この人だった。映画では東京新聞に黒澤明監督の『どですかでん』、木下恵介監督の『父よ!母よ!』、山田洋次監督の『息子』の名が挙っている。全部見てるけど、奈良岡朋子が出ていたのは記憶にない。こういう巨匠作品だと、脇役的出演が多かった奈良岡朋子は記憶されないのである。
舞台も幾つかは見ているが、正直言ってすぐには名前が浮かんでこない。自分でブログを検索してみたら、『カミサマの恋』『静かな落日』『「仕事クラブ」の女優たち』を見ていた。そうかと我ながら忘れているのに驚く。もちろん、それらも素晴らしかったと思うけれど、何より素晴らしかったのは『ドライビング・ミス・デイジー』だった。ここではその話を書いておきたい。
(『ドライビング・ミス・デイジー』)
この芝居は二人しか出て来ない。奈良岡朋子と仲代達矢である。奈良岡朋子は民藝だし、仲代達矢は俳優座。その後、自分で無名塾を開いたから、この日本を代表する二人の名優は舞台で共演したことがなかった。そこで是非共演を見たいという声があって、この企画が実現したということだった。2005年のことである。元はアメリカでピュリッツァー賞を受けた名作戯曲である。映画化され、1989年度のアカデミー賞作品賞を受け、主演のジェシカ・タンディも80歳でアカデミー賞主演女優賞を受けた。もう一人の運転手役はモーガン・フリーマンだった。
1940年代から70年代にかけてのアメリカ南部の話である。人種差別が激しかった時代から、公民権運動の時代へ。激動の時代を、あるユダヤ系元教師の老女性とその運転手を務める黒人男性の二人に絞って描いていく。良く出来ている。もちろん映画は当時見て、まあ名作だなと思った。「まあ」というのは、要するにこういう展開になるだろうなという予測に沿って進行する構造が気になるのである。それを日本でやったって、筋書きは知ってるし、仲代達矢が黒人役なの? という感じで、僕は最初は見なくてもいいかなと思っていた。仕事は忙しいし、見たいものは多いんだから。
上演されたら評判がとても良かった。東京でも時々何回か上演され、ついにこれが最後という公演が予告され、やっぱり見ておこうかなと思った。仲代達矢や奈良岡朋子もいつまで元気というわけじゃないだろうし。今まで何回も見ておきたい舞台を逃してきた。これは見ておこうかという感じである。僕は予定調和的な原作があまり好きではなかった。そんなに期待していなかったのである。だけど、素晴らしい舞台だった。時代と民族を越えて、まさに「ミス・デイジー」がそこにいた。良心的でありたいと思いつつ、人種の壁をなかなか越えられずに、次第に老いてゆく老女性。奈良岡朋子の「神技」を見た気がした。
そして終わった後で、何とスタンディング・オベーションが起きた。コンサートならともかく、静かに見ている「新劇」系の演劇でスタンディング・オベーションが起きるのか。その後も一度も見たことがない。(去年、ミュージカルの『ラ・マンチャの男』で経験したけれど。)未だに思い出すと、素晴らしいものを見た重いが蘇る。他にも井伏鱒二の『黒い雨』の朗読を長く続けたこと。宇野重吉、滝沢修亡き後、大滝秀治とともに民藝を支えてきたこと。文学座の杉村春子を尊敬していたこと。書くべきことはいっぱいあるけど、それはもういいだろう。なお、劇団民藝のホームページを見ると、4月5日までの期間限定で「ある女優・奈良岡朋子」という映像を劇団民藝YouTubeチャンネルで公開していると告知されている。(https://youtu.be/DPERsCEFHmM)

奈良岡朋子は多くの舞台出演とともに、映画やテレビにもたくさん出ていた。だから、多分若い頃にテレビ番組で名前と顔を覚えたんだと思う。調べてみると、東芝日曜劇場に多く出演しているし、大河ドラマや連続テレビ小説にも出ていた。『おしん』のナレーションをやっていたのは、この人だった。映画では東京新聞に黒澤明監督の『どですかでん』、木下恵介監督の『父よ!母よ!』、山田洋次監督の『息子』の名が挙っている。全部見てるけど、奈良岡朋子が出ていたのは記憶にない。こういう巨匠作品だと、脇役的出演が多かった奈良岡朋子は記憶されないのである。
舞台も幾つかは見ているが、正直言ってすぐには名前が浮かんでこない。自分でブログを検索してみたら、『カミサマの恋』『静かな落日』『「仕事クラブ」の女優たち』を見ていた。そうかと我ながら忘れているのに驚く。もちろん、それらも素晴らしかったと思うけれど、何より素晴らしかったのは『ドライビング・ミス・デイジー』だった。ここではその話を書いておきたい。

この芝居は二人しか出て来ない。奈良岡朋子と仲代達矢である。奈良岡朋子は民藝だし、仲代達矢は俳優座。その後、自分で無名塾を開いたから、この日本を代表する二人の名優は舞台で共演したことがなかった。そこで是非共演を見たいという声があって、この企画が実現したということだった。2005年のことである。元はアメリカでピュリッツァー賞を受けた名作戯曲である。映画化され、1989年度のアカデミー賞作品賞を受け、主演のジェシカ・タンディも80歳でアカデミー賞主演女優賞を受けた。もう一人の運転手役はモーガン・フリーマンだった。
1940年代から70年代にかけてのアメリカ南部の話である。人種差別が激しかった時代から、公民権運動の時代へ。激動の時代を、あるユダヤ系元教師の老女性とその運転手を務める黒人男性の二人に絞って描いていく。良く出来ている。もちろん映画は当時見て、まあ名作だなと思った。「まあ」というのは、要するにこういう展開になるだろうなという予測に沿って進行する構造が気になるのである。それを日本でやったって、筋書きは知ってるし、仲代達矢が黒人役なの? という感じで、僕は最初は見なくてもいいかなと思っていた。仕事は忙しいし、見たいものは多いんだから。
上演されたら評判がとても良かった。東京でも時々何回か上演され、ついにこれが最後という公演が予告され、やっぱり見ておこうかなと思った。仲代達矢や奈良岡朋子もいつまで元気というわけじゃないだろうし。今まで何回も見ておきたい舞台を逃してきた。これは見ておこうかという感じである。僕は予定調和的な原作があまり好きではなかった。そんなに期待していなかったのである。だけど、素晴らしい舞台だった。時代と民族を越えて、まさに「ミス・デイジー」がそこにいた。良心的でありたいと思いつつ、人種の壁をなかなか越えられずに、次第に老いてゆく老女性。奈良岡朋子の「神技」を見た気がした。
そして終わった後で、何とスタンディング・オベーションが起きた。コンサートならともかく、静かに見ている「新劇」系の演劇でスタンディング・オベーションが起きるのか。その後も一度も見たことがない。(去年、ミュージカルの『ラ・マンチャの男』で経験したけれど。)未だに思い出すと、素晴らしいものを見た重いが蘇る。他にも井伏鱒二の『黒い雨』の朗読を長く続けたこと。宇野重吉、滝沢修亡き後、大滝秀治とともに民藝を支えてきたこと。文学座の杉村春子を尊敬していたこと。書くべきことはいっぱいあるけど、それはもういいだろう。なお、劇団民藝のホームページを見ると、4月5日までの期間限定で「ある女優・奈良岡朋子」という映像を劇団民藝YouTubeチャンネルで公開していると告知されている。(https://youtu.be/DPERsCEFHmM)