つげ義春(1937~)の漫画が昔から大好きだ。長く断筆が続き(最後の作品は1987年)新作は読めないが、作品の持つ魅力はいつまでも褪せない。「前衛」「孤高」「シュール」とか言われて、熱狂的なファンを獲得してきたつげ義春だが、最近はどうしているのか。と思うと、2022年の芸術院改革でマンガ部門から選ばれて(ちばてつやと共に)、今や芸術院会員。2020年にはフランスのアングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受け、同じ頃に講談社から『つげ義春大全』全22巻も刊行された。漫画だけでなくエッセイなどがすべて収録された「大全」だけど、一巻が3千円以上するから買ってないけど。
ところで、2023年1月30日付で『つげ義春流れ雲旅』(朝日新聞出版)という本が出た。1971年に朝日ソノラマ社から刊行された本の再刊である。1970年前後に「アサヒグラフ」という雑誌に時々載った日本各地の旅行記である。日本のあちこち(秘境的なところばかり)をつげ義春、大崎紀夫、北井一夫三氏が旅して、まとめたものである。つげ義春が絵及び写真、大崎紀夫が文章、北井一夫が写真という役割である。(「下北半島村恋し旅」「東北当時場旅」はつげ義春が文章も書いている。)

大崎紀夫は、朝日新聞社で『俳句朝日』『短歌朝日』の編集長を務め、退社後は俳句結社「やぶれ傘」を主宰。俳句、旅、温泉、釣りなどの著書が何十冊という人である。北井一夫は写真家で、第1回木村伊兵衛写真賞の受賞者である。当初は三里塚闘争などを撮る社会派だったが、次第に日本の村の姿に迫る作風になったとウィキペディアにある。木村伊兵衛賞は「写真界の芥川賞」だと、映画『浅田家』で写真家浅田政志役の二宮和也が言ってた。第3回藤原新也、4回石内都、5回岩合光昭など有名な写真家を輩出しているが、一番最初の人を知らなかった。それはともかく、この3人が日本を見て歩いたのである。
(つげ義春)
一番最初の下北半島からビックリの連続。僕も20世紀終わり頃に恐山など下北を回ったことがあるが、もう観光地としか思えなかった。この本では恐山も行ってるけど、その前に小さな漁村を回ってイワシを串刺しにしている「老女」たちの声を拾っている。村には「バサマ会館」なる小屋があって、婆さまが集まってエロ話と嫁の悪口を言う。1970年の旅で、会う人会う人「万博」(大阪・千里で開かれた万国博覧会)には行ったかと聞かれる。『飢餓海峡』で有名な湯野川温泉にも行っている。ひなびた村々に残る「土俗」と人々の心にある「モダン」への憧れ。単に懐かしいだけではない「風景」の力を感じる。
(バサマ会館=裏表紙)
つげ義春は「漫画家」であるけど、「エッセイ」「紀行」などの文章も面白い。特に温泉、その中でも「秘湯」と後に言われてブーム化する「ひなびた温泉」ばかり泊まり歩いている。「秘湯探訪家」として唯一無二の存在と言っても良い。それは漫画の種でもあろうし、詩想の泉でもあるが、つげ義春にとって「現実的問題」(お金がない)でもある。だがそれ以上に華やかなところ、バブルっぽいところには惹かれず、貧乏そうなところでこそ安心できるというつげ義春の生き方が根本にある。
「東北湯治場旅」では東北の秘湯を訪ねている。夏油(げとう)温泉、蒸ノ湯(ふけのゆ)温泉など、今では秘湯ファンなら皆が知るような温泉も、半世紀前の様子はこういう本にしか残されていない。また山形県の今神温泉を知る人は少ないだろう。昔はハンセン病者が集まったという信仰の湯らしい。全然知らないので調べてみたが、今もなお完全な療養のための秘湯で、立ち寄りどころか1泊、2泊の予約も断られるとウィキペディアに出ていた。「念仏温泉」とも言われるそんな温泉まで訪ねているのは驚きだ。
(表表紙)
続いて、滋賀県の木地師の村から北陸へ、四国おへんろ、国東半島と周り、最後に「篠栗札所日暮旅」で終わる。篠栗(ささぐり)なんて知らなかったが、福岡市のすぐそばながら四国八十八箇所が一つの村に集約されているのだという。小豆島、知多半島にもあって、「日本三大新四国霊場」なんて言うらしい。全く知らないので驚いた。他に別媒体に掲載された「秋葉街道」(豊橋から長野県に通じる道)や「最上川」が収録されている。いずれも絵や写真が素晴らしいのだが、画像掲載は控えたい。
2600円もするけど、ファンだったら全然高くない。原本刊行当時の、3人+藤原マキ(つげ義春夫人)も加わった「放談会」も収録されている。そして、この3人が誰ひとり欠けず、再び集まって語り合っているのだ。そこにはつげ義春の漫画やエッセイによく出てくる長男のつげ正助氏も加わっている。つげ義春の居住地に近い調布市で集まり、息子が連れ添ってきたということである。それにしても、とても貴重。ここにはつげ義春理解のキーになる言葉が詰まっている。例えば、「『旅』といったら、ただそこに佇んでいたい、ただそれだけですよ。」なんていう言葉。
(『新版 貧困旅行記』)
ついでに新潮文庫の『新版 貧困旅行記』を読んでない気がしたので、買って読んだ。後で調べると、読んでるはずの文章もあるんだけど、忘れているから読んでないのと同じ。貧乏ながら旅に出たい、ではということで、奥多摩や丹沢、山梨県、千葉県などの旅ばかり。それが面白い。温泉ではなく、「鉱泉」好み。丹沢の鉱泉宿が今どうなっているのか、思わず検索してみた。残っているところも、もうないところもある。つげ義春が「発見」したことで、今に残った宿もかなりあるらしいことが判る。また「猫町紀行」は萩原朔太郎を下敷きにした傑作で、是非多くの人におすすめ。つげ義春は奥が深いなあ。
ところで、2023年1月30日付で『つげ義春流れ雲旅』(朝日新聞出版)という本が出た。1971年に朝日ソノラマ社から刊行された本の再刊である。1970年前後に「アサヒグラフ」という雑誌に時々載った日本各地の旅行記である。日本のあちこち(秘境的なところばかり)をつげ義春、大崎紀夫、北井一夫三氏が旅して、まとめたものである。つげ義春が絵及び写真、大崎紀夫が文章、北井一夫が写真という役割である。(「下北半島村恋し旅」「東北当時場旅」はつげ義春が文章も書いている。)

大崎紀夫は、朝日新聞社で『俳句朝日』『短歌朝日』の編集長を務め、退社後は俳句結社「やぶれ傘」を主宰。俳句、旅、温泉、釣りなどの著書が何十冊という人である。北井一夫は写真家で、第1回木村伊兵衛写真賞の受賞者である。当初は三里塚闘争などを撮る社会派だったが、次第に日本の村の姿に迫る作風になったとウィキペディアにある。木村伊兵衛賞は「写真界の芥川賞」だと、映画『浅田家』で写真家浅田政志役の二宮和也が言ってた。第3回藤原新也、4回石内都、5回岩合光昭など有名な写真家を輩出しているが、一番最初の人を知らなかった。それはともかく、この3人が日本を見て歩いたのである。

一番最初の下北半島からビックリの連続。僕も20世紀終わり頃に恐山など下北を回ったことがあるが、もう観光地としか思えなかった。この本では恐山も行ってるけど、その前に小さな漁村を回ってイワシを串刺しにしている「老女」たちの声を拾っている。村には「バサマ会館」なる小屋があって、婆さまが集まってエロ話と嫁の悪口を言う。1970年の旅で、会う人会う人「万博」(大阪・千里で開かれた万国博覧会)には行ったかと聞かれる。『飢餓海峡』で有名な湯野川温泉にも行っている。ひなびた村々に残る「土俗」と人々の心にある「モダン」への憧れ。単に懐かしいだけではない「風景」の力を感じる。

つげ義春は「漫画家」であるけど、「エッセイ」「紀行」などの文章も面白い。特に温泉、その中でも「秘湯」と後に言われてブーム化する「ひなびた温泉」ばかり泊まり歩いている。「秘湯探訪家」として唯一無二の存在と言っても良い。それは漫画の種でもあろうし、詩想の泉でもあるが、つげ義春にとって「現実的問題」(お金がない)でもある。だがそれ以上に華やかなところ、バブルっぽいところには惹かれず、貧乏そうなところでこそ安心できるというつげ義春の生き方が根本にある。
「東北湯治場旅」では東北の秘湯を訪ねている。夏油(げとう)温泉、蒸ノ湯(ふけのゆ)温泉など、今では秘湯ファンなら皆が知るような温泉も、半世紀前の様子はこういう本にしか残されていない。また山形県の今神温泉を知る人は少ないだろう。昔はハンセン病者が集まったという信仰の湯らしい。全然知らないので調べてみたが、今もなお完全な療養のための秘湯で、立ち寄りどころか1泊、2泊の予約も断られるとウィキペディアに出ていた。「念仏温泉」とも言われるそんな温泉まで訪ねているのは驚きだ。

続いて、滋賀県の木地師の村から北陸へ、四国おへんろ、国東半島と周り、最後に「篠栗札所日暮旅」で終わる。篠栗(ささぐり)なんて知らなかったが、福岡市のすぐそばながら四国八十八箇所が一つの村に集約されているのだという。小豆島、知多半島にもあって、「日本三大新四国霊場」なんて言うらしい。全く知らないので驚いた。他に別媒体に掲載された「秋葉街道」(豊橋から長野県に通じる道)や「最上川」が収録されている。いずれも絵や写真が素晴らしいのだが、画像掲載は控えたい。
2600円もするけど、ファンだったら全然高くない。原本刊行当時の、3人+藤原マキ(つげ義春夫人)も加わった「放談会」も収録されている。そして、この3人が誰ひとり欠けず、再び集まって語り合っているのだ。そこにはつげ義春の漫画やエッセイによく出てくる長男のつげ正助氏も加わっている。つげ義春の居住地に近い調布市で集まり、息子が連れ添ってきたということである。それにしても、とても貴重。ここにはつげ義春理解のキーになる言葉が詰まっている。例えば、「『旅』といったら、ただそこに佇んでいたい、ただそれだけですよ。」なんていう言葉。

ついでに新潮文庫の『新版 貧困旅行記』を読んでない気がしたので、買って読んだ。後で調べると、読んでるはずの文章もあるんだけど、忘れているから読んでないのと同じ。貧乏ながら旅に出たい、ではということで、奥多摩や丹沢、山梨県、千葉県などの旅ばかり。それが面白い。温泉ではなく、「鉱泉」好み。丹沢の鉱泉宿が今どうなっているのか、思わず検索してみた。残っているところも、もうないところもある。つげ義春が「発見」したことで、今に残った宿もかなりあるらしいことが判る。また「猫町紀行」は萩原朔太郎を下敷きにした傑作で、是非多くの人におすすめ。つげ義春は奥が深いなあ。