尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『コンパートメントNo.6』、快作フィンランド映画

2023年03月04日 22時25分26秒 |  〃  (新作外国映画)
 2021年カンヌ映画祭グランプリのフィンランド映画『コンパートメントNo.6』は、最近一番面白かった。フィンランドのユホ・クオスマネンという監督がロシアで撮った映画で、2月上旬に公開され小さな上映ながらヒットしている。寒そうな町へ向かう夜行列車のコンパートメントで、最悪の同乗者と一緒になってしまった女子学生の思いがけぬ旅路を描いている。小さな世界を描きながら、そこに「人間」に関する発見がある。またロシアという国を考えるヒントも詰まっている。

 事前情報で旅するフィンランド女性ラウラは、「恋人にドタキャンされ、急遽一人旅に」ということは知っていた。それだと身勝手男に振り回された感じだが、全然違った。お相手は女性教授イリーナで、つまりレズビアン関係だったのである。そして職にある彼女は仕事が急に入って来られなくなる。彼女は考古学を学んでいて、本で見たムルマンスク近くにあるペトログリフ(岩絵)を見たいと思っている。そんなもの聞いたことないし、世界遺産でもない。検索すると、こんな感じのもの。
(ムルマンスクのペトログリフ)
 それがどこにあるかもよく知らず、ラウラはムルマンスク行きの列車に乗ってしまった。モスクワからサンクトペテルブルクへ、そして途中で一泊しながらムルマンスクへ。モスクワ、ムルマンスク間は2000キロもあるというから、鹿児島・稚内の直線距離1800キロより長いのである。フィンランドの女性作家ロサ・リクソムの2011年の原作をもとにしたと出ている。一体いつの時代だろうと思ったが、90年代という設定だという。誰もスマホなど見てないから現代ではない。サンクトペテルブルクと言ってるからソ連でもない。それにしても女性車掌の官僚的対応などソ連時代と同じような感じ。
(ムルマンスクの位置)
 仕方ないから一人で行くことにしたラウラだが、6号室の同乗者リョーハはどうにも気にくわない。勝手に飲んだくれている彼は、マッチョ的、セクハラ的発言連発で、とても付き合ってられない。というより、こんな男と同室で大丈夫か。ラウラもそう心配して、車掌に部屋を替えてと言いに行くが、相手にされない。そこで食堂車に逃げ込んだり、彼を避けながら過ごす。サンクトペテルブルクではもう帰ろうかと思って、イリーナに電話するも、そっちも相手にされない。列車では居座った客や車両を間違えたらしきフィンランド人などが出て来る。一泊する町では、夜にリョーハに連れられて老女の家に行く。
(同室のリョーハ)
 この同室者は採石会社で働くためにムルマンスクへ行くという。労働者階級だが、それ以上の背景は説明されない。途中で寄った老女も、どういう関係かよく判らない。しかし、次第次第にこの男もそんな悪い奴でもないじゃないかと思うようになっていき、むしろ結びつきが出来てくる。そんな様子が言葉では説明出来ない描写の真実味で描かれている。だから到着しても連絡したいと思うが、彼は何故か拒む。そしてついにムルマンスクに着くわけだ。

 ヤレヤレ、これで風変わりな鉄道旅も終わりかと思うと、実はこの後があった。大体ペトログリフは冬に行くもんじゃない、車は通行止めだしガイドも行かないとホテルで言われる。代わりに第二次大戦時の「英雄都市」ツァーに参加してみたり…、もう真冬にどうしようもなく寂しくなってリョーハを探してみる。そうしたらなんと車に乗って彼が現れ、これからペトログリフに行こうと言う。そのために来たんだろうと。ここから厳寒の旅がもう一回始まるのである。この構成がうまい。どうなるんだろうと思う。
(二人でペトログリフへ)
 ただそれだけの映画である。ほとんどが列車の中で進行する。そういう映画は今までもあるけど、人間関係が変化していくのが魅力。ラウラはフィンランドの女優セイディ・ハーラ、リョーハはロシアの男優ユーリー・ボリソフ。二人とも国際的な知名度はなかったが、この作品でヨーロッパ映画賞の主演賞にノミネートされた。監督のユホ・クオスマネン(1979~)は、2016年の映画『オリ・マキの人生で最も幸せな日』を撮った人で、この映画が2本目。フィンランド映画といえば、アキ・カウリスマキが有名だが、何となく似ている感じもある。でも躍動感はこの監督の方がある気がする。

 人間は決めつけてはいけないもんだと思ったけど、同時に「これがロシア人か」という感じもある。ナチスとの戦争に勝った自分たちは強い国で、エストニアには何があるんだとラウラに聞く。エストニアじゃなくて、フィンランドだって言っても理解されない。小国に対する敬意が全くない。列車の運行などこれでいいんだろうかと思うが、そんなことに不満は持たないんだろう。ムルマンスクは北極圏最大の都市で、人口30万ほど。不凍港なので、独ソ戦最中は米英の支援物資が届けられ、ノルウェー占領中のドイツ軍はムルマンスクを猛爆撃した。その町でロケしているのが貴重。
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