星のひとかけ

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Winterreise『冬の旅』:第十七章「村で」Im Dorfe

2019-02-26 | 文学にまつわるあれこれ(詩人の海)


旅人は村に着きました。 
…氷の道を歩き、 山を越え、 孤独の森を一人歩いて、、 前の章では 占いか賭けでもするように 散り残った木の葉に《最後の希い》を託していました。。 そのときの木の葉が散ったのか 散らなかったのかは 歌に表れてはいませんが、、

夜、 村に辿り着いたこの旅人には何か これまでとは変化したものが感じられます。 振り切ったもの…? 決意したもの…? なにかしら新たな闘志…?

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村の家々は眠りについていますが、 番犬が見知らぬ旅人に吼え立てます。 ピアノのドロドロ…と鳴る響きが 犬の吠え声と引っ張られた鎖の様子をあらわしている、 という位は私にも分かります。

ボストリッジさんは さらに、 ピアノの音階と言葉の発音などから詳細に この村の人々の《眠り》 《あくび》 《夢》の内容、、 そしてその家の前で犬に吼えられている旅人の《動き》などまで 読み解いていきます。

その解説をしっかりと読んでいくと、 音の長短や音程、 歌の語感、発声などがイメージさせるものが、 洋の東西や言語の壁を越えて ちゃんと理解できてくるから 不思議です。。 村の人の眠りや 旅人の様子が だんだんとあきらかな形で想像されるようになってきます。。




第15章の「カラス」のところで、 カラス(または鳥)のモチーフがそれまでの歌曲の中に繰り返して出てきていたことを書きました。 それと同様に、 この「村で」の章の《眠り》と《夢》のモチーフも、 繰り返されている事に気づきます。

第1章の「おやすみ」では、 旅人は女性の元を去る時、 「君の夢を妨げない」ように出て行きました。
それよりも以前の日々に 女性と共に過ごしていたかつての旅人は、 「菩提樹」(第5章)の木陰で 「たくさんの夢」を見た、と言っています。

第11章「春の夢」では 旅の途上の炭焼き小屋で、 一夜の「愛の夢」から現実の声(鳥とカラス)に目覚めさせられました。

そして この章では、 もう《夢》は見尽くした、と言い、 犬たちの吠え声をさらに煽るように一身に受けながら 《眠り》を拒絶し、 先を急ぐことを望みます。

《夢》… というものが何を象徴しているのか、、。 
眠りに就いている村人たちは 「己が持っていない多くのものを夢見ている」 という意味の詩があることから、 「豊」や「財」や「愛」など、、 まだ手にしていないものを意味しているように思われます。 人がそれらを夢見ることは悪いことでしょうか…? 

此処へ来て旅人が《眠り》を拒絶するのは、 一般に「惰眠を貪る」という言葉が意味するような、 安易な甘い夢にのぼせたり 現状を甘受したまま何もしないでいる村人(=これまでの自分)との 決別の意志を意味しているのでしょうか…

ボストリッジさんは、 詩人ミュラーとシューベルトの生きた時代の政情、 彼等の政治的信条などに絡めて、 この『冬の旅』の時代的な意味を 《眠り》や《夢》の中に見て考えていきます。。 当時の政治的な背景が『冬の旅』の詩の中に隠されているという点は これまでの章でも解説されていましたが、 村人の《眠り》から …そんな風にも読めるのか… と思いました。
、、21世紀のコンサートホールで シューベルトのこの歌曲を聴くのを楽しみに座っている大勢の聴衆を前にして ボストリッジさんは、 1820年代の「政治的な思想」と今=21世紀の現実についてもお考えになっているとは… 

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旅人は、 ここから新たなバイロン的闘士に変わっていこうとしているのでしょうか…

ボストリッジさんの言葉でいう 「社会の除け者」という存在が、 この『冬の旅』の歌曲の中では重要な意味を持っているとあります。。 旅人自身がそうなのか、、 或は、 旅人はその「社会の除け者」の側に共に立とうとしている者なのか、、 私にはまだ不明です。。

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「おやすみ」から この歌が始まったとき、 眠る女性を残して旅立つ男に 私はボブ・ディランの歌「いつもの朝に One Too Many Mornings」と似たものを想像しました。 『時代は変る The Times They Are a-Changin』(64年)のアルバムに入っている曲。

、、 ここへ来て、 社会、 眠り、 除け者… そういった言葉と旅人のことを考えていくうちに 今度は頭の中に、 ジェファーソン・エアプレインの「we can be together」(69年)が浮かんできました… (ボストリッジさんが“60年代”という言葉を使っているから、なのですが…) ベトナム戦争とウッドストックの69年…

jefferson airplane - we can be together/volunteers - 19/8/69


あるいは、、 「社会の除け者」… と言ったら浮かぶのが 、、 Outside of society... と繰り返されるこの歌
Patti Smith - Rock 'n' Roll Nigger 1979


、、 不思議なことに これらを歌った変革者=旅人は 両方とも女性なのですが…


冬の旅人は このあと何処へ…