星のひとかけ

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アンダルシアの犬のパリへ、潜入…:『パリの骨』ローリー・R・キング著

2020-08-25 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)

『パリの骨』ローリー・R・キング著 山田久美子訳 創元推理文庫 2016年

1929年のパリ。 
第一次大戦終結から10年後のパリ。 夜な夜な街のカフェには 画家や作家や詩人や女優などが集まり新しい芸術論に華を咲かせている。 最近の話題といえば、、ブニュエルによるシュルレアリスムの無声映画『アンダルシアの犬』が公開され、 おどろおどろしく不可解な、 目玉や切断された腕の映像が論議を呼んだばかり、、 という1929年の夏。。

そのパリで若いアメリカ人女性が失踪した。 彼女の捜索を依頼された私立探偵、、 かつてフーヴァー長官のもとで働いたこともある敏腕の捜査官だったが、、 どういう経緯か今はヨーロッパを中心に私立探偵として食いつないでいる、 訳アリのアメリカ男、、 の物語。

本書に登場する有名人も、 ピカソやマン・レイや、 モンパルナスのキキやリー・ミラー、 音楽家のコール・ポーター(パリにいたのね)、 それから今でも有名な書店、 シェイクスピア・アンド・カンパニーの女主人シルヴィア・ビーチ、 ほかにも名前だけならダリやフジタやサティやいっぱい出てきて、、 物語を彩る役者と舞台設定は贅沢過ぎるほど、、


、、面白く読みました。 …が、 なんと言うか じつに勿体ないというか、 残念な作品だったかなぁ。。

、、理由はいっぱいあって、、  まず、訳アリ私立探偵スタイヴサント。 元FBI捜査官のアメリカ人なんだけど、 パリの芸術家や伯爵貴族ともそつなく芸術の話もこなし、 なおかつカフェの女主人たちにも愛され、 女にもモテる。。 ガタイは大男のボクサー並みにマッチョらしいのだが、 妙にナイーヴなところもあって、 かつて愛した女のことを忘れられない、、 なんかハードボイルドだけどセンチメンタルでもある。。
このキャラ設定はなかなか素敵で、 彼の独白部分の文章も、 表現が凝っていて素敵だなぁ、、と思いました。
 
冒頭の第一行、、 彼が目を覚ますシーンの

  「朝が爆(は)ぜた。」 

なんていう表現もいかしてて良いなぁ、、と思って読み始めたのですが、 この作品『パリの骨』は、 私立探偵スタイヴサントの第二作目だそうで、 肝心の第一作目が翻訳されていないのです。。 訳者さんの解説によれば、 第一作は今作よりもずっと長くて、 わりと地味な作品だった為に邦訳されなかったそうなのですが、、 彼がなぜ今ヨーロッパで私立探偵をしているのか、 忘れられないでいる女性、 そしてその兄との間にかつて何があったのか、、 やっぱり知りたい!! だって、 今作の中で その女性と再会し、 その兄(捜査官時代? 行動を共にしたことのある盟友)も大事な役どころで出てくるんですもの。。

地味な作品だとしても、 読んでみたいです。 むしろ、 今作のパリの有名人いっぱいの物語(にしてはそれらの芸術家がサスペンスとして生かしきれてないような…) よりも、 地味に政治闘争の物語?(かどうか読んでないのでわからないですが) 男と男の友情と、 その妹との愛と悲劇の物語、、 それも読んでみたいなぁ…

あと、、 先ほど、 スタイヴサントの視点による凝った表現は素敵だと書きましたが、、 一方、 会話の場面になると、、 (これは原文の問題か、翻訳の問題かわかりませんが) ちっとも1929年のパリという感じがせずに、かな~り残念。。 いくら蓮っ葉な女性だったとしても、 今から100年も昔のパリの女性の「い」抜き言葉 (~してるの? とか)は、 ちょっと違うなぁ…という印象。。 翻訳って大事です。

肝心の捜査も、、
『アンダルシアの犬』の狂気やシュールや、、 ひと癖もふた癖もある芸術家たち、、 そんな舞台設定のうえでの女性失踪事件、、 ということで 勝手にダークな想像が先走ってしまったわりには、、

、、 ミステリーは想像以上、というわけにはいかなかったかも。。


、、 残念。

 ***

でも発見もいろいろありました。

パリの地下にひろがっている納骨堂《カタコンブ》の成立の歴史とか、、 (Wiki>>カタコンブ・ド・パリ

19世紀だけのものかと思っていた、 スプラッター人形劇《グラン・ギニョール》が、 生身の役者によって演じられる恐怖残酷劇の劇場として20世紀前半まであったこととか、、 (Wiki>>グラン・ギニョール
、、本当かどうかは知らないですが、 本書では 第一次大戦の悲惨な塹壕戦による後遺症《シェルショック》を、グランギニョールの恐怖を味わうことによって癒す(?) などとあって、、 興味深かったです。。

前に読んだ ルメートルの『天国でまた会おう』(読書記>>)も、 第一次大戦で顔を半分失った元兵士の物語でしたが、、 ルメートルがカリカチュアのようにコミカルなほどに描いてみせた傷痕のほうが、 本書で出てくる大戦の傷を背負った人間よりも、 よりシュールに胸に迫って感じられたのは、 やはり作家さんの力量の差なのかな、、。


ウディ・アレンの素敵な映画『ミッドナイト・イン・パリ』も、 1920年代のパリにタイムスリップする映画で、 ヘミングウェイやダリやピカソやフィッツジェラルドや、、 絢爛豪華な有名人いっぱいの物語でしたが、、 あの華やかなパリの、 もうひとつの《ミッドナイト》、、 『アンダルシアの犬』のような 不可解な闇に秘められた暗部のパリの物語、、

そういう興味で『パリの骨』を読むと良いかもしれません。  (長いですが…)


 ***





朝夕の風が すこしすずしくなりましたね、、


先日、 ベランダから思いがけず 「エール花火」を観ることができました。 遠くのお友だちと映像を送り合ったりして、、


コロナ禍で例年とはいろんな事が異なる今の状況だけれど、、 それでなにかが損なわれたとは思わない。 奪われたものは何もない。  


日々、やるべきことを。。 わたしたちの毎日は続いていく。。