「Berlin」。。。その①
ベルリンの歴史は比較的新しい。13世紀にシュプレー川を挟んでできた二つの町が一つになってベルリンになりましたが、町が発展したのは15世紀になって「ブランデンブルグ選帝侯国の首都になってからです。
1871年ドイツ帝国が誕生しプロイセン国王がドイツ皇帝になります。しかし第一次世界大戦で帝国は敗北・崩壊します。新たにワイマール共和国が誕生、1920年ベルリンは「黄金の年代」を迎え、学問、芸術、文化が栄えて近代工業やマスコミの中心となりました。
第二次世界大戦の敗北で、ベルリンは米英仏ソの4カ国の共同管理となりましたが、1946年の米英仏とソの対立から「ソ連に占領されていた東部は、東ドイツ」となって東西に分かれてしまったのです。
ベルリンもソ連管理下で東ドイツの首都になり「東ベルリン」となりました。
「西ベルリン」は西側三国管理のままで西ドイツ特別州となり、1961年に「東西の壁」が築かれ、ベルリンは二つの世界を持つ都市を形成してきたのです。 (→車窓からのベルリン市内の風景)
1980年代後半に東欧諸国で起きた民主化の波はドイツにも及び、1989年11月「ベルリンの壁が解放」されました!
1990年10月に「東西ドイツ統一」がなされ、ベルリンは新しい年に生まれ代わり首都として機能し始めたのです。 (以上、概要は実業之日本社発行のわがまま歩きツアーズのドイツ編より拝借しました)
戦後いち早く中心部を押さえたのがソ連軍。そのため歴史的に重要な部分は東ベルリン地区にあります。
「ブランデンブルグ門」
ベルリンも他の町と同じように中世は「市壁」で囲まれていました。その中で唯一現存するのがこのブランデンブルグ門です。
6本のドリス式円柱を持つアテネのアクロポリス神殿を模したものです。1791年に完成しました。
門頭の馬車は古代の勝利の女神が乗る4頭立て二輪馬車「カドリガ」。
広場には「アメリカの軍人」「ソレンの軍人」の格好をしたパフォーマーがいます。
いっしょに写真を写すのは「有料」です~~(笑)。
御者の衣裳もかっこいい~~♪
→広場には「大きなモミの木」が用意されていました。
周りの人たちの身長は「日本人よりもず~っと高い!」その人たちの背の高さと比べてください。モミの木の高さ~~想像つきますよね!
クリスマスのイルミネーションが飾られるときれいなんでしょうね~~♪