友人たちに「陳腐な話だ」と祝福されながら言われるけれど、失恋話など傍から見れば陳腐といえば陳腐に違いないのだ。しかし当人にとっては生死を賭ける深刻な話でもあるわけで、「若きウェルテルの悩み」はその両方に足をかけて読者の広く深い支持を得たのだろう。
トーマス・マンの「ワイマルのロッテ」は、「ウェルテル」のロッテが後年ワイマルを訪問したところ、入れ替わり立ち代りさまざまな階層の人たちがやってきて思いのたけをえんえんと論ずるだけでまるまる上巻全体を費やしているくらいで、よほど受けたのだろう。
ここで描かれるゲーテはまだまったく無名の、父親の期待を裏切ってばかりの青年で、その誰しも思い当たる恋心と焦燥ともがきとを中心に据えて、けれんなく描いたドラマ。主演二人も若く溌剌としていて、新解釈の類はないが、なくていいと思う。
ロッテとの恋は実らないが、書物という形で昇華するのに貢献し祝福するという結末は、「恋に落ちたシェイクスピア」を男女逆にしたみたい。
親友の自殺の原因を「うつ病」と字幕で訳していたけれど、当時にそういう病名あったのかな。前はゲーテはうつ病と推測されていたけれど、最近は躁鬱病(双極性障害と言い直されてきているが)と言われる。年取ってからずっと年下の女性に恋したのは躁状態だったというのね。
英語でゲーテの話なんて描かれたらかなわないな、と思っていたが、さすがにドイツ語でした。ただ、エンドタイトルを見ていたら役職がドイツ語と英語ちゃんぽんで、CateringとかBest boyなんていうのは英語。
まさかと思うけれど、ガルシア・ロルカを描く映画が英語だったことがあるから、油断できない(余談だが、それに不満だったのか生前の天本英世が公開中の映画館でスペイン語によるロルカの詩の朗読会を開いた)。
陰影の深い撮影が魅力だが、エンドタイトルによるとフジフィルムみたい。日本映画ではこういう画調は見られないのだが。
映画で描かれるようにゲーテは法律を勉強しており、印税制度を作るのに尽力したと聞いたが、「ウェルテル」がすごい売り上げを見せるクライマックスの一方で、この時は印税入ったのかな、と下世話なことを考えていた。
(☆☆☆★★)
ゲーテの恋 ~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」~ - goo 映画
本ホームページ
トーマス・マンの「ワイマルのロッテ」は、「ウェルテル」のロッテが後年ワイマルを訪問したところ、入れ替わり立ち代りさまざまな階層の人たちがやってきて思いのたけをえんえんと論ずるだけでまるまる上巻全体を費やしているくらいで、よほど受けたのだろう。
ここで描かれるゲーテはまだまったく無名の、父親の期待を裏切ってばかりの青年で、その誰しも思い当たる恋心と焦燥ともがきとを中心に据えて、けれんなく描いたドラマ。主演二人も若く溌剌としていて、新解釈の類はないが、なくていいと思う。
ロッテとの恋は実らないが、書物という形で昇華するのに貢献し祝福するという結末は、「恋に落ちたシェイクスピア」を男女逆にしたみたい。
親友の自殺の原因を「うつ病」と字幕で訳していたけれど、当時にそういう病名あったのかな。前はゲーテはうつ病と推測されていたけれど、最近は躁鬱病(双極性障害と言い直されてきているが)と言われる。年取ってからずっと年下の女性に恋したのは躁状態だったというのね。
英語でゲーテの話なんて描かれたらかなわないな、と思っていたが、さすがにドイツ語でした。ただ、エンドタイトルを見ていたら役職がドイツ語と英語ちゃんぽんで、CateringとかBest boyなんていうのは英語。
まさかと思うけれど、ガルシア・ロルカを描く映画が英語だったことがあるから、油断できない(余談だが、それに不満だったのか生前の天本英世が公開中の映画館でスペイン語によるロルカの詩の朗読会を開いた)。
陰影の深い撮影が魅力だが、エンドタイトルによるとフジフィルムみたい。日本映画ではこういう画調は見られないのだが。
映画で描かれるようにゲーテは法律を勉強しており、印税制度を作るのに尽力したと聞いたが、「ウェルテル」がすごい売り上げを見せるクライマックスの一方で、この時は印税入ったのかな、と下世話なことを考えていた。
(☆☆☆★★)
ゲーテの恋 ~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」~ - goo 映画
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