前に一度見ているのだが、今回二度目に見る間にこの映画の脚本を書いた笠原和夫のインタビュー集「昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫」を読んだことが大きく違う。もちろん、この映画が作られた1980年とは日本を巡る状況がずいぶん変わった。当時は右傾化映画、死ねといった雰囲気か、そんなの知らないよ面白ければいいというコインの裏表だけでしたからね。
前の日に放映された「坂の上の雲」と比べると、天皇について描かれているのが違う。(NHKでどれだけ天皇を扱えるか、疑問だが)
「昭和の劇」で笠原和夫は明治天皇について性格的に「野武士の頭領」と評している。乃木を更迭しなかったのは、ロンドンで高橋是清が日本国債を売るのに司令官を更迭したとなったら売れなくなるからと判断して見殺しにしたという解釈。
ただし、映画ではそういう風には見えず、乃木に惻隠の情を寄せているとしか見えない。
ラストの天皇への報告会も、史実通りに皇后は列席せず天皇だけが司令官乃木の報告を高官たちといとも冷静に聞いていたように書いたのだが、言い伝えられているように乃木がよよと泣き崩れ明治天皇が近づいて肩に手をお当てになる、というのではないと「おまえ、客は来んぞ」と東映の岡田茂社長に言われてそこだけ書き換えた、という。確かに泣きに来る客はそうでないと満足しないでしょう。
笠原という人の複雑なところで、インタビューでははっきり天皇制について「天皇制というのは意味がないということですよ。意味がない! その意味のないものが僕たちを死に追いやろうとしたわけでしょ」と言い、前に書いた「あゝ決戦航空隊」では小園安名大佐が実際に言ったこととはいえ「天皇陛下、お聞きください。あなたは間違いを犯されましたぞ。あなたのお言葉で戦争を始められたのに、何ゆえ降伏するのでありますか。天皇陛下、あなたはお可愛そうなお方でございます。自分のお間違えがわからない、お可愛そうなお方でございます」なんて凄い台詞を書いている一方で、菊の紋がついたステッキを使っていたという。
ここでも佐藤允のやくざあがりの兵士が刺青が入った裸の尻を掻きながら「天皇? そんな男、わしゃあ見たことないで、知らん」と言ったりする。
公開当時しきりと共産党系がレッテルを貼りたがった右翼だの軍国主義者だのいった批判で切り捨てられる人ではまったくない。
誰が主役とはいいきれないパノラマ的な視点で作られていて、司令官である乃木ですら二人の息子を失うのをはじめとしてどうにもならない苦渋を嘗めているあたりは、インタビューでは乃木が殉死した時に夫人を刺してから切腹したと指摘して、それはおかしいでしょと意見している一方、映画の人物としてはやはり命を吹き込んで魅力を与えている。
そういう屈折が完成した映画に出ているかというとそうでもないので、やはり観客の望むところに応えるとある定型に近づいており、作品というのは作者の意図を越えてさまざまな力学で動くものだと思う。
戦争なり天皇なりに対するアンビバレントな感情が作品の外ではなく中に出るのが望ましくはあるが、(少なくとも全面的な)歓迎はされないだろう。
死屍累々の図がえんえんと続く凄惨さは劇場用映画だからとはいえ相当なものだが、これでも笠原は不満だったらしい。「日本の監督はリアリズムができない」とすら言っている。火薬の使い方も盛大。特殊効果は大爆発好きの中野昭慶。大砲の砲撃の時の揺れ方が少し軽いのが残念。
いくら30年前とはいえ、これほどの大作にして音響がモノラルというのには驚いた。
いわゆる「反戦映画」はどうしてもインテリ的・左翼的な視点から戦争指導者を批判するようになりがちなのだが、ここではロシア文学に傾倒しているインテリ青年が戦場に行って部下たちの死をみているうちに人間が変わって「ロシア人はみな、敵であります」と言うまでに至るあたりは反=反戦映画といった感じ。
ただ人間が変わってしまう怖さというのがもっと出ていいとは思った。
死にかけた日本兵をロシア兵がとどめを刺してまわる光景や、通信用の線を引くのに敵兵の死骸の手足に巻きつけて支えるといったディテールが凄惨さをよく出した。
その一方で休戦時のたばこや酒の交換や、ロシア兵がやろうという酒を黒田節を唸りながら佐藤允が取りに行き、缶詰もやろうとしたのを手榴弾と間違えて撃ち、たちまち交戦状態になるといった単純に敵味方・白黒分けられないグレイゾーンも描かれている。
ロシア兵の描き方も、最初の方でコサック・ダンスを踊っている残してきた母親を気にかけている若い兵隊や、妻が妊娠中の髭面の兵隊など、バックグラウンドを描いた上で、殺す時はあっけなく殺している。しきりと日本人のことを「猿」と言うのは不快だが、実際そうだったろうし、特に悪役として誇張しているようには思えない。ロシア人が見たらおそらく面白くはないだろうが。
血まみれの飯や凍って食べられないぼたもちから、乃木将軍にさまざまな形で絡む勝栗などの食べ物の扱いが秀逸。