タイトルのgreyはもちろん「灰色」という意味だが、アメリカ英語ではgrayで、greyだとイギリス英語になるらしい。リーアム・ニーソンの主人公がアイルランド人であることが何度がセリフで言及され(ニーソン自身もアイリッシュ)、その父親が呑んだくれで喧嘩っ早くて詩が好きというのも、イギリスでの被差別者にして多くのすぐれた文学者を産んできた国民であるところのアイルランド人の典型的イメージ。
theがつくとどういう意味になるのか辞書を引いてもはっきりしないが、辞書にある灰色の生活といった意味に加えて、映画を見ていると灰色オオカミという意味もあるのではないかと思った。
というのも、これくらいオオカミの怖さを徹底して描いた映画というのも、ありそうでなかったから。
ニーソンは石油会社に雇われてオオカミを撃つのが役目の狙撃屋、という役どころ。わさわざ人を雇って殺さなくてはならないくらいオオカミが会社の施設のまわりに多いのか、ちょっと不思議な感じはする。
特に説明はないが、アラスカでオイルサンドの精製(砂に浸み込んだ石油を湯につけて分離する)をしているのだろう。環境破壊が問題になっていてどう考えても快適な労働環境とは思えないが、やたら大勢の労働者があちこちから集まっているという。
「恐怖の報酬」ばりの地の果て、というか生きながら地獄に落ちているような男たちが、それよりもっとひどい生きながらオオカミに食われるような状況に叩き込まれて生きる意味を問い直される。
単純なサバイバル・ドラマにあるような生きることが絶対的に肯定されるような価値観そのものが強く揺さぶられる、かなり思弁的・哲学的な内容。
単純なストーリーと細部の徹底したリアリズムが積み重ねられて抽象性・観念性に飛躍するタイプの映画。
オオカミを必ずしもはっきり見せないで表現しているが、見えるところでは破綻はない。エンドタイトルを見ると、sculptureとかmoldといった手作りの模型系のスタッフの職能が大勢並び、CGは少な目と思える。wolf stuntというクレジットもあった。
撮影監督が日本人のタカヤナギ・マサノブ。「バベル」では日本のシーンを撮っていたらしい。
初めの方で死んだ男の瞳孔が開きっぱなしになるのがはっきりわかるのもリアル。スクリーンでないとわかりにくいかもしれない。
オオカミを殺してきた男がその復讐を受けるようにオオカミに追われ続ける。
その苦難を経て、初めの方で自殺を図ったりしていた男が最期の方で死を目の前にしても戦い続けることを選ぶドラマ。
ニヒリスティックなことを言い続けて雪の中で座り込んでしまった男が、生きることを放棄したはずなのに、オオカミの気配を感じて、というより死を想像して「怖くないぞ」と言ってしまう(つまり怖い)。
川に流された男が木に足をはさまれて水中に沈んでしまい、ニーソンが口から息を吹き込んで助けようとしても溺れてしまうシーンは、「わが緑の大地」でポール・ニューマンがリチャード・ジャッケルを助けようとして助けられない場面みたいだな、と思ったら、ニーソンが「暴力脱獄」のニューマン(キリストのメタファー)ばりに神に向かってなぜあなたは何もしないのだと罵る。
十字架の上のキリストのエリ・エリ・レマ・サバクタニ「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになった のですか」にあたるものだろう。
Executive Producerとしてトニー・スコットの名前が一枚タイトルで出るのが異様な感じ。
(☆☆☆★★)
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