prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

山の湖 1

2020年08月09日 | 山の湖
 戦さに勝って、これほど嬉しくないことがあるのか、と次之進には思えた。
もともと勝った勝ったとはしゃげるような戦ではなかった。こちらが強くて勝てたのではない、相手が勝手に負けてくれただけなのだ。
 あきれるほど、隣国・安和国の兵には戦意がなかった。相対する前に、さっさと刀槍を捨てて逃げてしまう、どころかいつの間にか姿を消してしまう部隊が続出した。
なるほど、隣国の主君、滋野勝義は愚公だった。けちくさい蓄えばかりを専らとし、およそ臣下に富も所領も渡さない、と言われた。先日の滅亡ぶりを見ると、それも大袈裟な噂ではない。
 勝義は自害もできず、家臣の手で首をはねられ、その首も大して手柄と看做されず、その家臣自身もあっさりと首をはねられた。
 戦ともいえぬ、殺伐たる滅亡があるだけだった。
 一方で、妙な噂は残った。滅んだ滋野家に莫大な財宝がある、というのだ。
 ただの根も葉もない噂ではないか、と次之進には思えた。
 それだけの財宝があれば、滋野家はもう少し装備や人員にも費用を割けたのではないか、とも思えたが、使うのを惜しんだからこそ身を滅ぼしたともまことしやかにささやかれた。
そう言われるとそう思える。というのも、次之進の主君・山名重成も似たようなものだからだ。
 戦に「勝って」以来、重成は滋野の残された財宝を見つけようと躍起になっている。どれほどのお宝が自分のものになるのかと、勝手に期待を膨らませている。苦労知らずというか、まるで戦に勝てば欲しいものがことごとく手に入るかのように思い込んでいるらしい。
 次之進は今度の「戦」で、それでも滋野側の侍大将の首を取っている。
その功績に対して報償をとらせる代わりに財宝を探して来い、と命じられた時は、何の冗談かと思った。
(まさか、それが報償の代わりのつもりなのか)
 次之進は怒るより先に、ほとんど笑いがこみ上げてきた。
(阿呆らしい)
 刀も槍も鎧も具足も投げ捨てて、どこかに行ってしまいたい気分になる。
 配下が増えた、といっても、言うことを聞く者などいはしない。たまたまおまえの刀槍に運の悪い敵兵がひっかかっただけではないか、と、どいつの顔にも書いてある。
 下手すると、こちらの寝首をかいて手柄を奪い取りそうだ。
 それもそうなので、実際、次之進の挙げた手柄とは、相打ちになった敵味方の死骸を見つけ、敵の首を掻き切って持っていったら、思いがけず大物だったというだけだ。敵味方を間違えなくて良かった、と本当に思う。
 その意味で、
(あいつは敵になるのか味方になるのか)
 と、先頭を行く圭ノ介の獣のような面相を思った。
 財宝の在処を知っている、と奴は称している。
 しかし、なぜさほど位階の高くない、累代の家臣というわけでもない男が宝の位置を知っているのか。
 確かに、奴は金の棒を持っていた。
 奴のような位の者が、手にするのはおろか、目にすることもないはずの、本物の金だ。
せいぜい親指と同じくらいの大きさだが、金の塊には違いない。
 正確に言うと、違いないと思うだけだ。なぜなら、そんなものを次之進は見たことはないから、違っていても見分けのつけようがない。
 齧ればわかると、したり顔で言う仲間もいたが、齧ったらどうなるのか知らない。ひどいのになると、金とはどんな味がするのか講釈する、知ったかぶりが横行するばかりだ。
 主君、斉藤国俊その人にしてからが、金の塊など見たことがあるのかどうか。
斉藤家の所領には金山もなければ、これといった商いになる産物もない。
 一応累代の家臣ということになっている次之進にしても、実際には百姓に畑を借りて作物を作り、腹の足しにしなくてはならないくらいだ。
 次之進には嫁の来手もない。親が早く死に口うるさく言われないだけましだが、うさ晴らしに女遊びするにもたまに博打に勝った時に、早くことを済ませと言わんばかりの泥臭い女を買いに行くくらいが関の山だ。
(うんざりしているのは、殿様も一緒なのかもしれない)
 圭ノ介が、実際に金の棒を見せた時のことを、次之進も覚えている。
 雲間から一瞬射し込んだ日の光を浴びた見たこともない豪奢な輝きに、戦が終わったすぐ後の、疲労と興奮とが入り混じった空気が一瞬にして凍りついたものだ。
「これがあと、百本はある」
 圭ノ介は、言い放った。
 どこにあるのか、当然問いただされる。
 問いただしたのは、次之進の直属の上司である、出川だった。国俊も同席していた。
「山にある」
「山のどこだ」
「俺が行かないと、わからん」
「ふざけるな、その手はくわんぞ」
「どんな手だ」
「ありもしない宝を餌に、山に逃げ込んで助かろうというのだろう」
「だったら、俺をここで斬ってみるか。俺は死に、おまえらはお宝を逃す。誰にもいいことはない」
 あちこちで鳩首して話し合いが持たれた。重臣たちのみならず、足軽小物までが、我がことのように話に加わった。
 結局(やらせてみれば)という意見が大勢を占めた。
「五人もついていけば、足りるだろう」
「馬鹿を言っては困る」
 尊大な態度を崩さず、圭ノ介は言った。
「三十人は欲しい」
「なんだと」
 出川はすぐに激昂する。
「俺でも三十人は動かせんぞ」
 圭ノ介は鼻で苦笑した。そのように、少し離れていた次之進には見えた。
次之進だけでなく出川にもそう見えたらしく、手にしていた鞭を圭ノ介の顔に振り下ろした。
 弾かれたように圭ノ介の身体が吹っ飛んだ。
「何がおかしい」
 女のような声で出川は喚いた。
 圭ノ介は、打たれた顔を覆いもせず、ゆっくりと向き直った。
 あれほど突然振り下ろされたのに、圭ノ介は鞭をまともに顔で受けず、身体をとっさにひねって耳元に当てるのとどめたらしい。
 とどめたといっても、耳たぶがいくらかちぎれかけ、血が首筋に流れていた。
「いつでも、きさまなど殺せるのだぞ。きさまが死んでも、我々は一向に困らん。ありもしない金などで釣ろうとしても無駄だ」
「ありもしない?」
 また、手を開いて見せた。
 掌の中からさす光に、その場の者たちはまた金縛りにあったように動けなくなる。
「その金を、見せるな」
出川が呻くように言った。
「見たくないか」
圭ノ介はまた、金を握り締め、また掌を開く。
「あ」
 その場にいた者たちすべての口から同じ音が漏れた。
 掌から金がなくなっていた。
 うろたえる一同を尻目に、圭ノ介はもう片方の手を開いて見せる。
 なくなったはずの金があった。
 出川はまた鞭を振り回したが、圭ノ介は易々とその下をかいくぐり、持っていた金を近くの川に投げ捨てる。
 あわてて、何人もの下人が拾いに走ったが、圭ノ介はくしゃくしゃになった頭を掻いてその慌てようを見ている。
「おーい、どこ探してる」
 と、その髪の毛の中から、金が現れた。
 たびたび振り回された周囲から、怒りの声が漏れる。
 今度はうやうやしく、出川の前に膝まずいで、手にした金を献上してみせた。
 出川は金をひったくり、がりっと噛んでみる。噛まれた表面に、くっきりと表面に出川の不揃いな歯型がついた。
 出川は不機嫌な顔でそれを懐にしまい、
「首に縄をつけろ」
 と、次之進に命じた。次之進は傍らの兵馬に目で命じ、ともに圭ノ介を押さえつけて縄を首にかけた。圭ノ介はまったく抵抗しなかった。
「立て」
 兵馬が膝で追い立てるようにして、圭ノ介を立たせた。
「その隠し場所とかに、何日で着く」
「あんたがたの脚にもよるが、まず二日」
「引ったてい」
 引き立てられようとしながら、圭ノ介は命じた出川に向かって振り返り、
「さっき、懐に入れた金、殿様に渡さないでいいんかい」
「渡すに決まっておる」
 あわてた調子で、出川が答えた。そして、あたふたと殿様の方に急いで行った。


 出川にしてみれば俺たちに行かせるつもりだったのだろう、と、次之進は思った。
 何も山に分け入り、川を渡って、泥だらけになって、雨風に打たれて、水粥をすするつもりはなかったはずだ。見つからなかったら責任を問われるだろうし、見つかっても自分のものになるわけはない、間抜けな役回りを勤めたかったわけがない。
 それが、圭ノ介のひとことに慌てて殿のところに金を持って言上つかまつったところが、お褒めの言葉を賜り、そのままおまえが三十人隊を率いて山に入れと言いつかったわけだ。
 ざまあみろ、と思う。
 その分こっちにもとばっちりが来るにせよ、とりあえず上で蓋をしてこちらの息を詰まらせているようなあの男が痛い目に合うのは、溜飲が下った。
 次之進は苦い笑いがこみ上げてくるのを抑えようとはしなかった。


 日が暮れていた。
 河原で森で集めてきた粗朶を積み上げられている。
朝早く出て、里から持ってきた握り飯は昼前に食べつくしていた。聞くところによると、一日三食食べる国もあるというが、この貧乏国では二食欠かさず食べられれば上等だ。
兵馬が、紐で結わいた鉄の帯を曲げて籠のように編んだ拳ほどの大きさの容器をぐるぐる振り回している。
 その姿を見て、次之進は(童のようだ)と思った。ついでに死んだ弟のことも思い出しかけたが、すぐ頭から振り払った。
 中には乾かしたコケを詰めて火が保存されているのを振り回して火を熾し、これを薄い紙に移し、絶えず口と火吹き竹で吹いて、次第に太い木に移していく。戦ではないので、まずい干し飯を齧って水を飲み込む必要はないが、わずかに塩味がついた薄い粥だけでは 腹が持たない。気の効いた者は、手製の釣り竿や突き棒を作って川魚を捕り、
「これが海なら、塩味がつけられるんじゃが」
 などと勝手なことを言いながら、炙って食べている。
 兵馬も、突いてきた鮎を炙って食べた。次之進が俺にもよこせというと、尻尾だけよこした。腹が立った次之進は、自分も捕ってきた。
 兵馬が少し分けろというので、頭を分けてやった。尻尾より頭を分けただけ、兄貴分の貫禄だと言うと、兵馬はただ笑っていた。
 夜がふけ、三十人は野宿した。
 圭ノ介は首の縄を二重にして、さらに袋に首まで押し込められ、さらに寝ずの番が交代しながらつきっきりで見張られた。
 もっとも、当人は「これは温かい」などと喜び、すやすやと寝息をたてて眠り、朝まで目を覚まさなかった。


 次の日、きのうの粥を温め直して腹に入れただけで、一行はまた出立した。
ほどなく、切り立った崖が立ちふさがった。
 崖からは轟々たる音をたてて、多量の水が滝となってなだれ落ちてきている。
おびただしい水がしぶきとなってあたりを包む中、滝つぼに渦巻く水のまわりを不思議な翠玉色の光が満たしていた。
 圭ノ介は、立ち止まり、その滝つぼを見つめた。
「そこに宝があるのか」
 一同は、色めきたった。
 圭ノ介は、黙ってただ滝つぼを見つめている。
「あのように水が渦巻いているところから、無事運び出せるのか」
 怖気づいた者たちが、異口同音に言い出した。
「待て」
 出川が、圭ノ介の前に出た。
「宝は、あそこにあるのか」
「いいや」
「では、どこだ」
 圭ノ介は、黙って指を上に突き上げた。
「上? 上とはどういうことだ」
「上だ」
「上とは何だ、もっと上流といいいうことか。山奥か」
「とにかく、この崖を登らないといけない」
 圭ノ介は断言した。
 一同から、口々に不満の声が漏れた。
「冗談じゃない、こんな急な崖を登れるか」
「水しぶきで岩肌がつるつる滑る」
「山奥に誘い込んだところで、こいつの仲間が襲ってくるかもしれないぞ」
 不満や不安を口に出してみると、ますます不満不安が募る。人の不満不安を聞いても、同じく負の心情が募る。
 たちまち、一同の間に険悪な空気が満ちた。
「どうする」
 出川が、自分でも誰に言ったのかよくわからないまま、おずおずと言葉だけ口に出した。
「どうするって」
 圭ノ介が苦笑した。
「それ決めるのが、あんたの役目だろう」
 出川はきょとんとして、立ちすくんだ。
 そのまま、何も言えずにぼうっと立ったままでいるのに次之進は業を煮やし、
「おまえが登れ」
と、圭ノ介の首の縄を引いた。
「俺がか」
「そうだ。案内するのが、おまえの役目だ」
「わかったよ。だけど、首ったまに縄つけたまま登るのは勘弁してほしいな。下手に引っ張られてあとちょっとのところで墜落なんてことになったら、たまったものじゃない」
 兵馬がちらと次之進の方を見た。
 次之進が目でうなずくと、兵馬は縄を圭ノ介の身体にぐるぐる巻きにした。
「やれやれ、縄を外してくれるんじゃないのかい」
「崖を登ったら、またほどいて握る」
「だったら、あんたの方が先に登ったほうがよくないか」
 兵馬が一瞬気圧されたように黙り、次之進の方を見た。
「俺が崖を登って、そのまま逃げちまっていいのか。あんたたちが登ってくるのをのんびり待っていると思うのか」
「わかった。登ろう」
 兵馬が圭ノ介を睨みながら言った。
「俺も登る。一人だけでは、危ない」
 次之進が続いた。
「仲のいいことで」
 一瞬、怒りがこみ上げた兵馬が、圭ノ介の身体に巻きつけかけた縄をとり、ぐいと首を締め上げた。
「下らんことを言うな」
 さすがに、圭ノ介もそれ以上へらず口は叩かなくなった。
まず、兵馬がきりりと襷をかけ、草鞋がしっかり足になじんでいるか確かめてから、岩肌にとりついた。
 崖の高さは、まず十間(18メートル強)といったところだろうか。
「行け」
 次之進が命じ、圭ノ介もまじめな顔になって岩にとりついた。次之進も、縄を一巻き肩にかけて登りだした。
 いざ登りだすと、思った以上の難物だった。
滝の水飛沫で濡れた岩肌はつるつる滑る。岩のわずかな隙間にも苔が生えて、力をかけるともろく崩れてくる。水飛沫が宙を漂い、息苦しいばかりだ。
 次之進の顔に、岩のかけらが当たった。
 わざと落としたのか、と一瞬思ったが、確かめようがない。
 指先の感覚がなくなってきた。
 飛沫でびしょ濡れになっていても、汗びっしょりになっているのがわかる。
 辛うじて見上げると、先頭の兵馬が登りきったようだ。
(よし)
 圭ノ介もじりじりと危なげなく登っていく。
(こいつ、山歩きに慣れているのか)
 それ以上考える余裕はなく、ひたすら残された膂力を振り絞ってよじ登っていく。
圭ノ介がほぼ登り切った、と思うより早く、その姿がかき消えた。
 どうしたのか、と急ぎ登り切ると、兵馬が圭ノ介の首の縄をつかんで引き上げたのだった。
「離せよ」
 怒りに燃える目で睨みつける圭ノ介の身体にまわした縄を兵馬は黙って外し、また手に持った。まったく警戒を緩めていない。
「何びくついている。二人がかりで」
 次之進も安心する気にはならなかった。自由を奪っていても、どこかこいつには油断ならないところがある。
 次之進は自分が巻きつけてきた縄の束を外した。崖から下を見下ろすと、めまいがするほど高く感じる。
 近くに潅木が生えていたので、そこに縄の片端を縛り、残りを崖下に投げ落とした。なんとか下まで届いたらしい。下でたむろしていた連中がぽつぽつと縄に取り付いて、それを頼りに登ってくる。
「あまり大勢しがみつくな」
 次之進が声をかけたが、滝の轟音でよく聞こえないようだ。
 気づくと、圭ノ介は兵馬を連れて川の方に向かっていた。
 川の両側は水で侵食されたのか、切り立った岩が迫っている。その間を白く泡立つ水が勢いよく流れ、ますます岩を噛み削っているようだ。
「おい、何している」
 圭ノ介は聞こえないように、岩の上で足を踏ん張ってじっと迫った岩と水面のあたりを眺めている。
「何をしている」
 圭ノ介は、いきなり川上を眺めやった。一番岩の間の狭まった少し上のところに、ぽしょぽしょと頼りなげに潅木が生えている。
 圭ノ介はくるりと踵を返し、崖近くまで戻ってきた。
 次之進は、それ以上声をかけることができなかったが、圭ノ介がすばやくそばを通り過ぎたとき、少しその口もとに笑みが浮かんでいるのを、見逃さなかった。
(何を考えているのか)
 次之進は後を追った。
 すでに、崖下から総勢の半分ほどが上がってきている。
 圭ノ介は大きく身体を崖から乗り出すようにして、残りの連中を見下ろした。あまりに身体を乗り出すので、(危ない)と次之進はひやりとし、すぐなぜこいつの心配をしなくてはならんのだ、と腹が立った。
 と、同時にまだ彼の口もとにかすかな、それとわからないような笑みを浮かべているような気がしてきた。ただ体勢として見下ろしているだけでなく、
(こいつ、我等を見下しているのか)
 と思わせた。
 その一方で、頼りなげな綱にしがみついて、懸命に足をかけて登ってくる仲間の姿を見下ろしていると、次之進も何か自分が偉くなったような気がしてきて、あわてて、
(いかんいかん)
 と、頭を振ってせいぜい小隊の隊長でしかない、しかもお目付け役の出川がくっついてきている自分の身分を思い出した。しかし、山の中に入ってしばらくしているうちに、そのような秩序感覚が少し薄れてきている気もする。


 そうこうするうちに、全員崖の上に登ってきた。
「こんなところに連れてきて、あとどうするつもりだ」
 腹立たしげに出川が言った。
「まず、縄を引き上げてもらう」
 まだ崖下にぶら下げたままの縄を示した。
 言われるまま、自然に兵馬が縄をたぐり上げだす。
「わしが命じるまで、言うことを聞くな。ここで命令できるのは、わしだけだ」
 出川がせいぜい貫禄を見せようとして叱りつけた。そしてすぐに、
「上げろ」
 兵馬は、すばやく縄をたぐり上げた。たぐり上げられるや圭ノ介は、
「こっちだ」
 圭ノ介は、先に立って川上に歩きだす。兵馬は身を翻して、輪に畳んだ縄を持ってついていく。今度は、出川も口を出す暇がなく、そのまま黙ってついていった。
 岩の狭まったところを通り過ぎ、そこらに生えている潅木をつかんで引き、どの程度しっかり生えているか確かめた後、
「これに縄を縛れ」
 と、命じた。
 兵馬が言われた通りに、しっかり縄を潅木の根元近くに縛りつける。もう一方の端を、圭ノ介は自分の肩の回りにしっかり十文字にまわし、こちらにしっかり縛りつけた。
(何をしようとしているのか)
 圭ノ介は縄が潅木にしっかり結び付けられているかを確かめた。
「その結び付けてある方の縄をしっかり握って、離すな」
 一同は、当惑して圭ノ介のしていることを見守る。
 圭ノ介は獣の皮で作った上着を取り、着物をくるくると脱ぎ捨てる。下帯ひとつつけない全裸になると、あちこちの傷が目に入った。刀や槍による傷ばかりでなく、大きな火傷の跡もある。
 何かそれは、違う性格の動物の身体のようだった。
 圭ノ介はざぶざぶと川の流れに入っていく。流れは速い。たちまち身体がとられる。踏ん張ろうにも、かなりの深さがあるので浮いてしまい、踏ん張りようがない。たちまち流れに流される。
 あわてて、縄の近くにいた三人ほどが飛びつき、しっかり腰を落として流れに抗した。
(危ない)
 次之進は冷やりとした。このまま流されたら、間違いなく滝から放り出され、はるか下の滝つぼまでまっさかさまだろう。
 恐れというものを知らないのか、それともどうかしているのか、圭ノ介はそのまま犬のように顔をあげたまま水に浮いて流されていく。流れは川幅が狭まっているところで一番早くなる。命綱を握った三人は懸命に握り締めている。
 圭ノ介の身体が反転して、頭を川上に向けた。流れが容赦なく顔を直撃し、息をするのも難しそうだ。だが、意に介しないように大きく身体を跳ね上げて息を吸い込み、水に潜った。
 なかなか姿を現さない圭ノ介に、いつのまにか一行は心配げに、じりじりしながら待った。
(大丈夫か)
 誰しもが思ったとき、圭ノ介が川面から姿を現した。小さな歓声が、誰からともなく洩れた。
 出川は、自分も安堵のため息をついたあと、すぐ渋面を作って見せたが、誰も見ていなかった。
 圭ノ介が硬く拳を握った腕を上に突き出して、大きく(引き上げろ)と合図を送った。
 急いで、三人が縄を引き始めた。流れに抗するには三人でも力不足で、さらに進んで何人かが縄に取り付き、力を合わせて引いた。
 圭ノ介も力の限り泳ごうとするが、十分に息をするのも難しい。半ば砕ける水の塊に顔を押さえつけられながら両手両足をぐるぐる水平にまわしているらしいが、流れの中でしばしば体勢が崩れかける。そのたびに、命綱を握った腕の肉に縄目が食い込んだ。
 それでもなんとかやっと、圭ノ介の身体が引き上げられてきた。さすがに精根尽き果てたように荒い息をしている。
 水浸しの背中からも、汗が噴き出しているのがわかる。
「一体、何だというのだ。何のためにこんな命知らずな真似を」
 出川が叱責した。
 その声も、圭ノ介が硬く結んでいた掌を開いた時、ぷつりと断ち切られた。
 圭ノ介を二重三重に囲んでいた人垣の間のざわめきが大きくなった。
「何だ」「見えないぞ」
 そのざわめきが、ぴたりと止んだ。
 圭ノ介の手の中には、金色に光る人差し指ほどの塊があった。





「ウィジャ ビギニング 呪い襲い殺す」

2020年08月09日 | 映画
母親が二人の娘をこっそり使ってウィジャ盤(日本でいうこっくりさん)を操って言葉巧みに客から金をとる商売をしていた一家が、本当の霊に襲われるというホラー。

話の趣向からするとブライアン・フォーブス「雨の午後の降霊祭」か黒沢清「降霊」みたいではあるが、怖がらせ方としては娘が霊に憑かれて変貌するのがメイン。

製作にマイケル・ベイが噛んでいるせいか、いきなり音がでかくなるのは困りもの。