prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「茜色に焼かれる」

2021年06月18日 | 映画
冒頭のオダギリジョーが認知症の元高級官僚の運転ミスで事故死したというのは明らかに池袋の事件をもとにしている。

しかしそこから後は創作になって、残された妻の尾野真千子が元官僚の葬式に行ったら嫌がらせに来たのかと被害者面の遺族に忌避されるのだが、現実には元官僚は存命中で家族も含めて上級国民だから特別扱いされたのだとバッシングされたと思う。

それに仮に葬儀に来たとして、遺族としては内心は圧し殺して入れることは入れるのではないか。
ああいう形で「世間に迷惑をかけた」からには「上級国民」であっても、というかむしろある方が厳しい指弾は免れない。
「上級国民」を嫌らしく描く方が先行しているような感じすらあって、リアリティという点では疑問を持った。

セックスワークを描くのにヌードもほとんど出ないのは妙に各方面に気を使って腰が引けている感じ。

ロクでもない連中、特に男がわさわさ出てくる。
ごまかし笑いを浮かべる教師に対して臆病で無責任な奴ほどそういう笑いかたするといったセリフがあるが、たとえばネットで笑とかwとか付けている発言などそんなのだらけと思い当たる。

そういうロクでなしの描写で上手くいっているのもあるが、中では息子をいじめる三人組の描写など不快な連中を不快なまま描いていてどうも芸がない。
それにあいつらのやったことはれっきとした犯罪で警察が出てこないとおかしいのだが、なぜかスルーされる。一方的に主人公一家が理不尽な目に合うのが当たり前みたいになっているのは感心しない。

ヒロインの同窓生の笠原秀幸やの夫の元バンド仲間の芹沢興人のクズっぷりのリアリティは傑出していた分、ムラが目立つ。

理不尽な扱いをされた人間が怒らず変な笑いかたをするのは、日本では珍しいことではなく、他の国ではどうなのかよく知らないが、とにかく明らかにこの国では怒るべきところで怒らないことが多く、尾野真千子のヒロインも曖昧な笑みを浮かべたり時には場違いな大笑いをしたりするのだが、内心のむかむかが手に取るようにわかる。

冒頭に「田中良子(ヒロイン)は芝居が上手だ」という字幕が出るのだが、芝居の才能のムダ遣いでもある。

それが最後に爆発するのかというと本当にキレたら犯罪になるので、永瀬正敏の風俗のマネージャー(要するにヤクザ)が汚れ仕事を引き受けることになるのはどうも都合がいい。

オダギリジョーが読書家という設定でずいぶんたくさんの本を残しているが、中ではトニ·モリソン「青い目がほしい」サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」などが目立つ。ともに世間に対する反発を描いた作品とまとめられるだろう。

中学生の息子は明らかに携帯を持っていない。公衆電話をかけるなんてシーン、久しぶりに見た。電話代40円。
自転車も乗ったことがないわけで、物質的にはおよそ恵まれてないのがわかる。

使われる金額がいちいち字幕で出るのが貧しい人間にとってはいちいち身を切る感じなのがわかる。中では老人を預かる施設の料金が桁違いに大きいのが目立つ。