prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「太陽の子」

2021年08月29日 | 映画
三浦春馬が結核なのでいったん軍隊から帰郷を許される、ということは結核患者を召集していたのか、さらに人が密集している軍隊宿舎に住まわせていたのかと呆れてしまう。
キャラクターの運命と演者とがかぶってしまうのは避けられず、なおさらやりきれない。

イッセー尾形の陶器屋がさまざまな色を出す釉薬用の鉱物を集めているのだが、実際に焼いているのは色のついていない白地の陶器、つまり骨壺ばかりというアイロニー。
この鉱物の中にウラン鉱石から作られる黄色のイエローケーキが混ざっている。

何度もイメージカットで銀色の玉が落ちるところを見せる。
それは核分裂をもたらす中性子でもあるだろうし、弟が帰ってきたところで玉が二つになるように、人の命でもあり、それが原爆で飛び散るイメージともかぶる。
ウランケーキの瓶が割れるところ、真空管が割れるところなどモノが落ちてバラバラになるシーンがいくつもあって、それらも分裂のイメージを増幅する役割を果たす。

しきりと英語で誰かと話すやりとりが入ってくるのだが、見ている間は誰だかよくわからなかった。公式ホームページを見るとアインシュタインらしい。声はピーター·ストーメアがあてている。
そうなるとアインシュタインって後半生はアメリカで過ごしたにせよ英語のネイティブだったっけとか、ストーメアにしても今はアメリカで活動しているにせよスウェーデン人だ(夫人が日本人だからこの役がまわってきたというわけでもなかろうが)

今の目で見ると、ウランもまともに供給できず、遠心分離機もまともに動かない状態では原爆開発競争のスタートラインにつくのがやっとで、経済力の裏打ちを持たないお寒い日本の実験物理学の水準の一方で理論物理は後にノーベル賞受賞者を何人も出すように高水準にあって、しかし物理学には理論と実験のどちらが欠けてもいけないわけで、跛行状態のまま実験型が逆に観念性にのめり込んでいくのがひとつの日本的思考パターンにも見える。
柳楽優弥の狂気がかった持ち味が文字通りの山場で出た。

NHKドラマの劇場公開版で、「スパイの妻」もそうだったがむしろ時代考証
含めて画面の厚みはいわゆる劇場用映画の大方を凌駕している。