prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

10月9日(月)のつぶやき

2017年10月10日 | Weblog

「ソウル・ステーション/パンデミック」

2017年10月09日 | 映画
家出して風俗で働いていたのを借金を踏み倒して逃げた女の子、それにヒモ同然にくっついてネットカフェに入り浸っている彼氏、ホームレスの爺さま、と登場人物が社会的にはクズと見做されているのばかりで、それがゾンビが大発生した危機にあたって勇気や犠牲精神を発揮するかというと必ずしもそういうわけではないのがずいぶんと意地が悪い。

中盤まではアニメとはいえゾンビものの定石を踏んだ場面が続くが、終盤の展開がさらに意地悪になっていて、いいのかねコレと思わせる。個人的には、これはないでしょうと思った。ゾンビものの気色悪さとはまた別のリアルな気色悪さに軸足が移るからだ。

機動隊がまるで市民を守ろうとしないあたり、何だか韓国ならではの実感がある気がするのは考えすぎか。

絵柄が日本のアニメ絵とまったく違い、マンガに大友克洋が登場した時のような一種不細工で生々しい顔が並ぶ。アニメートの技術は正直やや拙劣な感じ。ゾンビが手を挙げているのがバンザイしているみたいに見える。
(☆☆☆)

ソウル・ステーション/パンデミック 公式ホームページ

映画『ソウル・ステーション/パンデミック』 - シネマトゥデイ

ソウル・ステーション/パンデミック|映画情報のぴあ映画生活



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10月8日(日)のつぶやき

2017年10月09日 | Weblog

「ドリームフィッシュ」

2017年10月08日 | 映画
ロシア映画祭で上映。
ペテルブルグからエストニアが近い海岸にやってきて集中して博物学者の著書の校正の仕事を済ませたい校正者が、海に出て誤って溺れかけたところをなぜかどこからともなく現れた全裸の美女に救われる。

セヴェリナ・ヤヌシャウスカイテ(Severija Janusauskaite)というこのリトアニア生まれの女優さんが美人でしかも多くのシーンでヘアが当然のように見えるヌードで出てきて、緊縛シーンまであるのにちょっとびっくり。校正者氏が惑うのも当然と思わせる。

イメージとしては人魚なのだが、下半身が魚になっていたりするわけではない。ただし男とすれ違いっぱなしというのは人魚もののラブストーリーと共通している。

監督がトークイベントに登壇、デヴィッド・リンチが好きだと語る。撮影は17日だが、準備は二年、仕上げに一年。

ドリームフィッシュ 公式ホームページ

ドリームフィッシュ 予告編

Ryba-mechta Dream Fish - IMDb

スタッフ
監督 アントン・ビルジョ
脚本 エヴゲーニー・ケロフ、リュドミラ・クルグロワ、アントン・ビルジョ
製作 ユリア・ミシキネネ、アンドレイ・ビルジョ、イリヤ・メドヴィ
撮影 パヴェル・エメーリン
キャスト ヴラジーミル・ミシュコフ、セヴェリヤ・ヤヌシャウスカイテ、マキシム・ヴィトルガン
2016年 国:ロシア、エストニア

監督:アントン・ビリジョ
1978年にモスクワ生まれ。モスクワ国立大学ジャーナリズム学部、脚本家監督高等専門学校を卒業(V. ホチネンコ、P. フィン、V. フェンチェンコ)。テレビで活躍(TV-6で「ダーチニキ」番組)、「ルスキー・テレグラフ」、「コメルサント」、「ガゼータ」などでジャーナリストとして活躍。短編集散文セクターでファクリテット賞受賞者。2015年に「リポールクラシック」出版社により出版された「コピラオターのためのカプセル」小説の作家。

2016年 夢の魚
2014年 美人のリリヤ・ヴォロンツォーワの鏡
2013年 幸せな終わり
2012年 私とエヴゲーニヤについての物語
2011年 電話に出ることができません
2010年 ダンジュレズ・リアゾン



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10月7日(土)のつぶやき

2017年10月08日 | Weblog

「緑の馬車」

2017年10月07日 | 映画
ロシア映画祭にて鑑賞。
成功した映画監督だが仕事と女遊びで家庭を顧みなかったエゴイスティックな男が、息子が自殺したのをきっかけに、妻と知り合った学生時代から新婚、子供が生まれた時期を振り返るという内容。

もとより息子はすでに死んでしまっているからドラマとすると動かしにくいところを、男がしばしば自分が出演者になっている映画の撮影現場にいて、傷つき苦しんでいる自分をもう一人の映画監督としての自分が客観視しているという幻想が挿入され、ちょっと太宰治の「トカトントン」みたいで白けて皮肉であるとともに、自然な治癒作用のような感じを出しているのが技法的に面白い。
少し「8 1/2」風の幻想と回想の入り方に映像演出のセンスを見せる。

また映画大学で学ぶ息子が残した映像や手紙(書きかけのメールだが)などで息子が父親をどう見ていたのかわからせていく、と同時にどうしようもない悔恨が痛烈に出た。

彼の作品が米アカデミー賞の候補になるかどうかというあたり、ロシアでも気にしているのかと思わせる。

「緑の馬車」という歌が作中に流れるが、もともと歌の方が先でロシア人なら誰でも知っている歌らしい。

公式ホームページ

緑の馬車 予告編

ЗЕЛЕНАЯ КАРЕТА - Zelyonaya kareta


緑の馬車
(ЗЕЛЕНАЯ КАРЕТА)
緑の馬車
2015年作品/93分/ジャンル=ドラマ

あらすじ
ヴァディム・ラエフスキーは、お金待ちで、美女にもて、世間の評判が良い、有名な監督です。彼の新しい映画は、アカデミー賞に推薦されています。見た所、幸運につきまとわれていますが、一体、いつまでも恵まれるのでしょう。文字通り、あっという間に彼が慣れている世界はダメになります。ワジムは、起こった出来事を理解しようとするが、その調査が進めば進むほど、不快にさせる詳細が明るみに出ます。

スタッフ
監督 オレグ・アサドゥーリン
脚本 アルチョム・ヴィトキン
製作 レナート・ダヴレティアロフ、アンドレイ・アリケマ、グレゴリー・ポドジェメリヌィ
撮影 アンドレイ・イワノフ
キャスト: アンドレイ・メルズリーキン、ヴィクトリヤ・イサコヴァ、アレクサンドル・ミチコフ、セルゲイ・ユシュケーヴィッチ、ヴラジーミル・メニショフ、アンナ・チポフスカヤ

監督:オレグ・アサドゥーリン
ベルリン(ドイツ)の映画テレビ大学監督課を卒業しました。
ドイツにて活躍。ドイツにて映画「Locked」(「閉じた」)を撮影、そのモチーフでロシアの映画「フォボス」を撮影。

■作品
2016年 旅程を立てた
2015年 緑の馬車
2014年 コーポレート・イベント2013
2015年 船(全てのシーズン)
2013年 暗い世界:釣り合い
2012年 全寮制学校
2009年 奇跡(ウクライナ)
2009年 フォボス。恐怖のクラブ



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10月6日(金)のつぶやき その2

2017年10月07日 | Weblog

10月6日(金)のつぶやき その1

2017年10月07日 | Weblog

「5時から7時までのクレオ」

2017年10月06日 | 映画
自分がガンなのではないかという不安を抱えた女性の二時間を追う、という発想から、ある男が自殺を決めてから実行するまでの二日間を追うルイ・マルの「鬼火」を連想した。

製作時期も近い(これが'62年、「鬼火」が'60年)ので、どちらがどちらに影響したというのではなく生の意義をリミットを設けて突き詰めて描くのが言い方悪いが流行っていたのではないか。

冒頭からカード占いが出てくるのが(こういうのはいかにも型にはまった言い方だが)女性監督(アニェス・ヴァルダ)らしい。カラーと白黒とが自在に交錯するのが特に図式的に意味を持たせないで感覚的なのが映像表現ならではの魅力。




10月5日(木)のつぶやき

2017年10月06日 | Weblog

「彼女について私が知っている二、三の事柄」

2017年10月05日 | 映画
トリコロールを思わせる原色がタイトルから本編から至るところに散りばめられる。
役者の素性と役の設定を同じように並べてその違いをコメントするナレーションでその乖離を際立たせるあからさまな異化効果、頻繁な引用などゴダールのスタイルがファッショナブルな華やかさと前衛との間で揺れているよう。

久しぶりの再見だが、何か映画自体が自意識過剰というか、的に消費されてなるものかと踏ん張っているが消費物である映画であることからは逃れられないのを常に意識している感じ。



10月4日(水)のつぶやき

2017年10月05日 | Weblog

「コフィー」

2017年10月04日 | 映画
タランティーノが「ジャッキー・ブラウン」で主演のパム・グリアを起用したことで有名になった(その前から知る人ぞ知るだったのだろうが)1973年作。

露骨に言ってブラック・エクスプロテーション・ムービーの一本だったのだろうと思う。
公民権運動に伴って増えた黒人の観客を当て込んで、しかし黒人の表面的なイメージをなぞっただけで商売に利用したと映画という意味。
悪趣味といえば悪趣味で、だからタランティーノが好きなのだろう。
当時の恰好いい黒人のイメージがどういうものかというのには役立つけれど、今見るとどんなものかと思う。
アクションは今の感覚だとちょっぴり、一番恰好いいのは音楽ということになりそう。

パム・グリアの巨乳が目立つ衣装やポーズをとりなからバストトップはなかなか見えないようにしている。それをやると本当の搾取とみなされる一線があったのだろうか。

コフィー [DVD]
クリエーター情報なし
角川書店

10月3日(火)のつぶやき

2017年10月04日 | Weblog

「ダンケルク」

2017年10月03日 | アート
ダンケルクのビーチと、イギリスから吸収に向かう民間の船と、戦闘機の三つのパートが紹介される時に「一週間」「一日」「一時間」とタイトルが出る。

三つのパートが一つの時間軸で絡み合うのではなく、時針と分針と秒針がそれぞれ独自に動きながら絡んだり追い抜いたりするような構造はクリストファー・ノーランの初期作品である「メメント」から「インセプション」に至る共通したものであることがわかる。

実話をもとにして実物主義で撮影されたといっても、時間構造が直線的なそれではなく円環的それも同心円状ということで、生か死かの二分法ではなくその間の宙ぶらりんな死んだと思ったらまだ生きている感覚を出した。
体感的な映画には違いないけれど、「プライベート・ライアン」式の生々しさより知的な印象が勝っている。

空中戦で眼下に見える海の広がりと質感はこれが実物主義とフィルム撮影で狙ったものかと思わせる。上映はデジタルだったが。

ドイツ軍の姿をほとんど描かないのと、もともと撤退戦なもので戦って勝つカタルシスを狙わず、無事に円滑に逃げ延びるのに焦点を合わせているのに、司馬遼太郎の作品でしばしば出てくる最も難しいのは戦いながら逃げ伸びる撤退戦(実例としては浅井長政に寝返られて逃げる織田信長軍の殿のしんがりをつとめた秀吉と家康)という話を思い出したりした。
ここで逃げて無事でいられたからこの後の反撃も可能になったのだなと思わせる。
(☆☆☆★★)

ダンケルク 公式ホームページ

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