prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

2月9日のつぶやき

2020年02月10日 | Weblog


「新宿タイガー」

2020年02月09日 | 映画
新宿タイガーって、プロレスのタイガーマスクとは全然関係ないのね。
何度も新宿の街や映画館(いつも最前列の真ん中の席)で見ているが、素顔見たのはこの映画が初めて。
当人はこの映画を封切られたテアトル新宿で見たのだろうか。

団塊の世代で1948年生まれだという。
新聞配達をして生計を立てている?というのは初めて知ったが、どこに住んでいるのか、家族がいるのかどうか秘密のまま。
いったん学生運動をくぐり抜けているらしいが、それも秘密。

女優好き。スクリーンの上のも、酒場でも。あまり有名ではない、舞台を中心に活動しているような女優(さすがに綺麗ではあるのです)にいかにも好きそうに、しかし必要以上に馴れ馴れしくはなく話しこみ、けっこう好かれております。

ゴールデン街、浅草などいかにも人の匂いや手垢が染みついたような場所を好む。





2月8日のつぶやき

2020年02月09日 | Weblog

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」

2020年02月08日 | Weblog
追加シーンが約30分あるという段ではなく編集が違っていてカットが同じでまるで初めて観たような印象になっている。

というか、もともと圧倒的にぶ厚い考証で描かれた戦時下の姿とは裏腹に、ところどころにすずさんが描く絵が異化効果的に入り込んでくるようにその世界が確固とした唯一の世界ではなく、平和に見える日常に戦争の銃後としての世界が貼りついて微妙に揺らいでいるようなあり方をとっている。
だからこそ何十回も見返す(それも劇場で)人が少なからず出ているのではないか。

今回に限らず、見るたびに違うものを見ている、もちろんすべての著しいになっているように思う。



1月7日のつぶやき

2020年02月08日 | Weblog


「1987、ある闘いの真実」

2020年02月07日 | 映画
まだ30年ちょっと前の出来事であり、しかもあまり表に出てこなかったから映画化したという監督の言に驚く。
韓国現代史映画の怒りと熱さには毎度ながら圧倒される。
それだけ民主化前に隠蔽されたことも多いし、それを告発できる自由を全力で行使してもいるのだろう。

公安警察内部で反共という言葉を挨拶あるいは号令として繰り返し、結果として独裁と弾圧という意味ではミイラとりがミイラになった状態や、拷問が口を割らせるというより見せしめや権力の誇示に傾く腐敗そのものであることをありありと見せる。

学生を拷問死させたのを隠蔽しようとしてどんどんこじれていき、警察の下っ端に責任を押し付け、あげくさあ殺せと開き直った下っ端を当人ではなく家族を脱南者として川に沈めてやると脅して屈服させる手口の汚さは権力というものの体質を典型的に見せる。

激しい学生たちや市民デモが後半に続き、こうやって韓国は民主制をかち取ったわけだが、あまり言いたくないが日本では60年代70年代に結局ここで負けてそのままずるずると政治的にも、今では経済的にすら後退を続けている感が深い。




2月6日のつぶやき

2020年02月07日 | Weblog

















「前田建設ファンタジー営業部」

2020年02月06日 | 映画
出だしでつまずいた。
建設会社がマジンガーZの格納庫を作るという架空のプロジェクトに邁進するという話なのだけれど、そういう頭から非常識でありえない話に巻き込んでいく手順というか手練手管が完全に欠けていて、いやにハイテンションの上司が一方的にパワハラまがいというよりそのまんまで押し付けてくるのだから、いや、それありえないでしょという部下の当然の反応が即見ているこちらの反応になってしまう。

次にオタクの部下の一人が腰巾着よろしく乗ってくるというのもこちらの感覚からはかけ離れっぱなしで、就業時間中に何の利益にもならないプロジェクトを勝手に進めるのを認める、あるいは気づかない会社ってどうよと思う。
広告では「実話」とあるけれど、本当かと思うし、仮にそうでもCGまで動員したばかにハイテンションな描き方は通常のリアリティラインを大きく外している。

何より実も蓋もなく言うと、マジンガーの格納庫(そのものでなく)を造るの、どこを面白がればいいのか。
これに乗れる人もいるらしいのだが、こちらは降参。

最近の日本映画、作品世界に巻き込む手順を踏まないでいきなり作り手のセンスを押し付けてくるの多いぞ。いや、最近に限らないか。




2月5日のつぶやき

2020年02月06日 | Weblog












「ロマンスドール」

2020年02月05日 | 映画
ラブドール(昔で言うダッチワイフ)をモチーフにした映画とすると是枝裕和監督の「空気人形」があったけれど、まあずいぶん感じが違う。

人形というと倒錯的とか生きている人間とのディスコミュニケーションといった印象が先に立つが、堂々たる正面きったラブストーリーを人形を通して人間を描いている。

ピエール瀧が堂々と出ているしタイトルにも名前が出ている。いい加減時間が経ってるし、当人が法的に裁かれる以上に映画が必要以上の自粛することないわけで、手錠かけられるところがあるのは期せずして虚実皮膜といった感じになった。





2月4日のつぶやき

2020年02月05日 | Weblog


この時のドリフで残ったのはいかりや長介と加藤茶だけ。


 
 














「ペット・セメタリー」

2020年02月04日 | 映画
原作とも最初の映画化ともそれぞれ異動があるようだが、非業の死をとげた家族をなんとか生き返らせたい、たとえ生き返った姿に違うものが入り込んでいても、という衝動は理解できる(諸星大二郎「妖怪ハンター」の「反魂の術」にもありましたな)ので、この優れた設定をどう生かすのかというと、ダークなホームドラマとしてはいまひとつ膨らまず、お終いの方がゾンビものとあまり変わるところがなくなってくる。

重要な隣人役がジョン・リスゴーというのは嬉しいキャスティング。
娘役ジェテ・ローレンス がすこぶる達者な芝居。

「シャイニング」のホテルもアメリカ先住民の墓地跡という設定だったが、スティーブン・キングの作品にしばしばアメリカの原罪や近代以前の魔法が生きている世界へつながるものとして描かれるみたい。




2月3日のつぶやき

2020年02月04日 | Weblog


「フォードvsフェラーリ」

2020年02月03日 | 映画
ほとんど言うことないみたいな映画なのだけれど、それだけに大詰めの展開はあれでいいのかと疑問を持たずにいかなかった。
タイトルこそフォードvsフェラーリだが、実質はフォード=企業の論理vsレーサーとメカニックたちの個の論理のドラマで、レーサーに代表される個が勝つのかと思うとぎりぎりで譲ってしまう。

一人だけで勝つのではなく仲間と一緒に勝つという話に収まればいいのだが、それがはぐらかされた、だまされたような気にどうしてもなる。

ケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)の妻モリー(カタリーナ・バルフ)がすこぶるタフで、60~70年代のレース映画に出てくる女性たちがおしなべて命知らずの男たちをハラハラしながら見守ることしかできず女同士で傷を舐め合うといったイメージしか提出できなかったのとは隔世の感。




2月2日のつぶやき

2020年02月03日 | Weblog









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