prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「イニシェリン島の精霊」

2023年02月13日 | 映画
途中までなぜ絶交を言い渡したのか説明されるのかなと思っていたが、ある程度展開したところでこれはそういう理由付けはしないなと見極めがついたし、実際その通りになる。

ブレンダン・グリーソンの家には日本の能面やアフリカかどこかの民芸品が飾ってある、それと蓄音機がぎりぎりの「文化的」アイテムで、あと時間をつぶすとすれば酒を呑んでおしゃべりするだけということになる。あるいは島の外の世界がわずかに顔を覗かせているとも言える。
粥みたいなのとか煮込みみたいなのとか、食事も美味そうではない。
風景は素晴らしく美しいが、一方で不毛でもある。

少し話がそれるが、1934年つまりこの映画の時代設定より少し後に地質学者で探検家でもあった記録映画作家ロバート・フラハティがこのあたりの住人たちが海藻をえんえんと積んでいって土にする作業などを記録した「アラン」が世界ドキュメンタリー映画史の嚆矢になっているわけで、それこそ文化果つるところ扱いだったわけだ。

「ピアノ・レッスン」での指は性的なメタファーという指摘があったが、そう狭い意味ではなくても音楽(=生への志向)を断ち切るような意図があるのかなと思ったりする。

精霊といっても、はっきりした老女の姿をしたのははっきり生きた人間なのだし、妹が島を出る時にピンボケした人影として現れる、その表現自体のボカシ方が珍しい。アイルランド映画の体質として象徴的だったり現実と幻想の両方に足をかけていそうなのだが、そうはしていない。

ふたりの対立がアイルランド本土で行われている内戦のメタファーであることは確かだが、その他の表現のどれがどういうメタファーなのかといったことはあからさまに示していない。このあたりの匙加減が一筋縄ではいかぬところ。

芸術の理解にメタファーの表わすものを見出すというのはあるのも確かだが、裏を読むばかりでなく表に出たものそのものをまず受け止めるのも大事だろう。

これだけ当惑するくらいわからんところだらけなのだが、演技者の実力や役の表現に間違いや過不足があるとは思わせないのだから不思議なもの。





「そして僕は途方に暮れる」

2023年02月12日 | 映画
前半、主人公があまりの生活上の無能力無神経+浮気で同棲中の彼女にマンションを追い出されて(というか、自分から逃げ出して)放浪する羽目になり、知り合いのところを点々とし、その度に無神経と生活能力のなさを露呈しては追い出されるあるいは逃げ出す自業自得の半分喜劇の地獄巡りがセリフも芝居も好調で、ひきつるような笑いで乗せられる。新宿近辺のロケ効果も好調。
そしてついに苫小牧の実家の母親のもとに帰ってきたはいいが、ここでさらにとどめを刺されて、ということになるのが時節柄ことに効く。

通して見ると、東京→苫小牧→東京の三幕構成なのだが、この二幕目の苫小牧のラストでTHE ENDと出る。実は劇中の映画館で上映中の映画のラストで出ていたエンドマークなのだが、てっきりここで映画そのものの終わりだと思ってしまった。
早とちりする方が悪いと言われればそれまでだが、その前がかなり東京に出ていた登場人物(もともと同郷人多し)もかなり集まり良さげなムードで終わるのでここで終わってもおかしくないというか、座りはそれなりに良いと思う。

つまり座りがいい分、三幕目のどんでん返し的な展開がすごく蛇足感というか間延びして見えることになってしまった。似たようなアップの芝居が続くこともあり、元は舞台劇だというが、少なくとも映画のテンポでいったらどんでん返し的な処理はもっとスマートにいかなかったものかと思う。伏線ははっきりわかるのだし。

冒頭から結束されたキネマ旬報のアップから始まったり、本棚に「優作トーク」などといったかなり古い映画書があったり、先輩の部屋にウォン・カーウァイの「ブエノスアイレス」のポスターが貼ってあったり、後輩が映画製作の現場で働いていて、苫小牧でも父親と映画館に連れて行ってもらっていたというといった具合に、これが映画であることに自覚的な作りで、THE ENDもその延長にあるわけで、二度見直したらかなり見方が変わる可能性はある。
ただ、映画を見ている側とすると映画であることは忘れたくはあるのだね。

東京のテレビについている番組がどれもサンドウィッチマンが出ているものだったのに対して、苫小牧のそれが明らかに毛色が違う、第一テレビがブラウン管というのが芸が細かい。





「ノースマン 導かれし復讐者」

2023年02月11日 | 映画
母親と密通した叔父に殺された父親の敵討ちという、「ハムレット」の元ネタのをアレンジしたらしいが(だから主人公の名前もアムレートと似たものになっている)、
12世紀に歴史家サクソ・グラマティクスによってまとめられた『デンマーク人の事績』(『デーン人の事績』とも)に収録されている、王子アムレートの伝説より。

父王は大鴉の姿になって出没するのだが、冒頭から鴉は飛び回っている。
大鴉といえばエドガー・アラン・ポーの詩だが、擬人化されているところは一緒。

フィルムを採用し終始曇天を狙った映像、武器を打ち鳴らす音に打楽器を交えた音響効果、は本当に壮大。

「ハムレット」と大きく違うのはニコール・キッドマンの母親の猛烈なキャラクターで、魔女かとも思わせる迫力。

心臓を抉り出す残酷表現から人体の中の臓器、さらには胎児からその成長した姿までが樹木になる果実のように配置される図の発想の凄さ。





「BAD CITY」

2023年02月10日 | 映画
漢城市という架空の都市を舞台に、財閥の会長と韓国マフィアと検事総長とが癒着して利権を貪るのに対抗して、検事長が公安0課のもとに色のついていない警察官たちを組織した特捜班が立ち向かう。

検事が治外法権的な武装部隊を組織するのは「ワイルド7」ばりでもあるし、韓国映画で検察が大きな役割を果たしているのを取り込んだ感じもある。

「日本統一」シリーズは見ていないのだが(本数見ただけで尻ごみするよ)、キャスティングとかかなりかぶっているみたい。

女性記者や女性警官役のキャスティングがまるっきり女優さんそのまんまで、およそそれらしく見えない。
アクションシーンが売りかというと、クライマックスの大乱闘シーンまでは大きなアクションシーンはなく、単純な話の割に枝葉が多くて117分もある。
大乱闘でやっと気分が上がるが、そうなるまでは相当に焦れる。

はみ出し刑事虎田役の小沢仁志が製作総指揮・脚本を兼ねて、監督・アクション監督・編集は「ベイビーわるきゅーれ」の園村健介。





2023年1月に読んだ本

2023年02月02日 | 映画
読んだ本の数:23
読んだページ数:5811
ナイス数:0

読了日:01月03日 著者:アニー・エルノー



読了日:01月04日 著者:鴻上 尚史




読了日:01月05日 著者:上野 正彦





読了日:01月07日 著者:塚田 穂高





読了日:01月10日 著者:小山 愛子




読了日:01月10日 著者:小山 愛子




読了日:01月10日 著者:小山 愛子




読了日:01月13日 著者:小田嶋 隆




読了日:01月13日 著者:T.S.エリオット




読了日:01月14日 著者:小山 愛子




読了日:01月14日 著者:小山 愛子




読了日:01月14日 著者:小山 愛子




読了日:01月15日 著者:三島 由紀夫




読了日:01月15日 著者:ジェイソン・マシューズ




読了日:01月15日 著者:ジェイソン・マシューズ




読了日:01月20日 著者:柳下 毅一郎





読了日:01月20日 著者:近代食文化研究会




読了日:01月24日 著者:永井 明




読了日:01月24日 著者:唐沢 なをき







読了日:01月27日 著者:中原昌也




読了日:01月29日 著者:中北 浩爾




読了日:01月29日 著者: