みどりの一期一会

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脱原発世界会議に行こう!/原発の寿命 40年可の保証にするな/低線量被ばくの健康影響評価=久野華代

2012-01-11 16:21:18 | 地震・原発・災害
『高木仁三郎著作集』など良い本を出している出版社、
七つの森書館から「七つの森通信」が届きました。

なかに、1月14,15日の二日間にわたって横浜で開催される、
「脱原発世界会議」のチラシが入っていました。
 

ちょうど「脱原発世界会議」サイトから、通しのチケットを申し込んだばかりです。

脱原発世界会議2012YOKOHAMA

脱原発世界会議プログラム


チケットは、左カラムから入って、希望のチケットをクリックすると購入できます。
直前なので、支払いは金曜日の5時までに銀行に代金を振り込み、
当日会場でチケットを受け取ります。

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以下、原発関連の記事です。
東京新聞(中日新聞)の社説も、毎日新聞の久野記者の「記者の目」もとってもいいです。

原発の寿命 40年可の保証にするな 
2012年1月11日 東京新聞

 原発の寿命が、法律に明記されることになった。原則四十年。延長あり。だが勘違いはされるな。これで四十年まで安心という保証はどこにもない。あくまで、脱原発への一里塚の一つである。
 原発の寿命には、これまで法的な区切りがなく、運転開始から三十年を超えた原発は、事業者が提出した報告に基づいて、原子力安全・保安院が十年ずつ、延長の可否を決めることになっていた。
 このところ、原発の新増設が不可能になる中で「老朽化」を「高経年化」と呼び変えて、延命を図る傾向が顕著になっていた。
 米国では一九九一年に、運転期間を四十年から六十年まで延長できるよう改めた。科学的にというよりはコスト面からはじいた寿命だが、実際には三十年を超えると、廃炉にするケースが多い。
 私たちは昨年八月六日の論説特集でも、運転開始後三十~四十年の老朽原発は、延長を認めず廃炉にするよう主張してきた。材料の寿命が三十年といわれているし、三十年前と今とでは機械の設計思想が違う。
 四十年という具体的な上限が課されたことは、ひとまず評価したい。ただし、それで安全というわけではもちろんない。
 四十年を“保証期間”とみてはならない。三十年に満たなくても、主要部分に細管破断や金属の疲労、減肉やひび割れといった重大なトラブルが生じたケースは多い。核分裂で生じる中性子が、原子炉をもろくする。

寿命には例外規定がある。事業者が延長を希望すれば、審査の上で認められることもある。審査のあり方次第では抜け穴もできかねない。保安院を引き継ぐ原子力安全庁には、厳密な監視と厳正な審査を求めたい。寿命に達していないということを、安易な再稼働の口実にしてはならない。
 国内では福島第一原発1号機以外にも、関電美浜1号機と日本原電敦賀1号機が四十年を超えている。美浜2号機も七月に四十年だ。新増設は事実上不可能で、二〇三〇年には国内五十四基の原発のうち、三分の二が役割を終え、五〇年にはゼロになる。
 政府は四十年という期限を切った。これを機に、脱原発の道のりをより明確にして、原子炉の延命ではなく、代替エネルギー、とりわけ風力や太陽光など自然エネルギーの開発に力を注ぐ方針を明示すべきだ。少しでも安全と安心の時代に近づきたい。 


  記者の目:低線量被ばくの健康影響評価=久野華代 

 「年20ミリシーベルト程度の被ばくによる健康影響は低い」。東京電力福島第1原発事故で飛散した放射性物質について、政府のワーキンググループ(WG、共同主査・長滝重信長崎大名誉教授、前川和彦東京大名誉教授)が昨年12月に公表した結論だ。だが私は今回、避難や帰宅にかかわる重要な数値が専門家の間だけで決まり、住民に質問などの機会がまったくなかったことに驚く。結論を出した専門家たちと住民との間には「不信」という深い溝がある。

 ◇結論ありきでは不安解消されず
 WGは、警戒区域と計画的避難区域の再編をにらみ政府が設置。約1カ月間に8回の議論が行われた。だが、その結論には、住民にとって多くの疑問が残る。
 第一に「年20ミリシーベルトでも健康影響は低い」という判断だ。環境省は昨年10月「被ばく総量年1ミリシーベルト」を目標に、除染に取り組む方針を明らかにした。この差は何なのか。一方、原子力関連施設では3カ月で1・3ミリシーベルト以上の被ばく線量がある場合、放射線管理区域に指定され、出入りが厳しく管理される。「年20ミリシーベルト」は、これより高い線量なのに「影響は低い」と言えるのか。住民にとって分からないことだらけだ。
 これに対し、専門家たちは「被ばくによる100ミリシーベルト未満の発がんリスクは科学的に証明されていない」という事実を踏まえ、100ミリシーベルト未満でのリスクを「喫煙や飲酒など他の発がん要因で隠れてしまうほど小さい」と判断した。そして自然放射線の高いインドのケララ州(年1.8~35ミリシーベルト)などの地域に住む人たちの事例なども参考に、結論を導いた。
 一方、議論では、チェルノブイリ原発事故後に強制移住区域指定の基準となった「年5ミリシーベルト」にすべきだ、という意見も出された。報告書にはこの水準を目指すことが盛り込まれたが、「20」という数値は変わらなかった。
 無論、国際放射線防護委員会(ICRP)は「被ばくはできるだけ低く」を前提とし、「復興期には年1~20ミリシーベルトの間で徐々に線量を減らしていく」ことを提言しており、今回のWGの結論もこれに沿ったものだとはいえる。だが、前にも述べたようにその結論までの過程は、まさしく「住民不在」のそれだった。
 例えば、ICRPの提言が線量に幅を持たせているのは、被ばくのリスクを理解した上で経済的、社会的事情を考慮しながら住民の声を聴き、目標値を決定することを念頭に置いている。だが今回のWGの議論に参加した20人中、住民側といえるのは福島県伊達市の仁志田昇司市長だけ。議論の様子はネットで中継されたが、住民に傍聴や質問の機会もなかった。

 ◇分からない現実 双方で共有せよ
 この中で、専門家の一人は「低線量の影響に比べれば(避難で)親子が離散するリスクの方が大きい」とも話した。だが、そうした判断は専門家が押しつけるのではなく、住民が自ら選択するものだ。多くの住民は事故を機に、ベクレルやシーベルトという聞き慣れぬ単位と共存することを余儀なくされた。専門家が「心配ない」と言っても怖がる人もいれば、その言葉で安心する人もいる。多様な価値観や背景を持つ住民の不安を「低線量被ばくの発がんリスクは低い」の一言で押し込めている現状を、専門家はどれだけ認識しているか。
 9月末まで緊急時避難準備区域だった福島県南相馬市の保育園副園長、近藤能之(よしゆき)さん(45)は10月に保育園を再開したが、大半の園児が戻らない。「原発事故の後、安全と判断する数値がころころ変わり、そのたび裏切られた気持ちになった。年1ミリシーベルト以下を目指して除染に取り組んでいるが、20ミリシーベルトで妥当と聞くと、傷口をさらに広げられたような思いだ」と話す。
 放射線による健康被害について事故直後、政府は「直ちに人体に影響しない」と繰り返し、批判を浴びた。昨年4月に政府が公表した、学校での屋外活動を制限する被ばく線量(1時間当たり3.8マイクロシーベルト)は、専門家公認の「年20ミリシーベルト」から算出したが、その10日後、原子力の専門家である小佐古敏荘内閣官房参与が「自分の子をそういう目に遭わせたくない」と涙ながらに批判して辞任している。
 WGの報告書は「マスコミなどで専門家から異なる意見が出され、不安感をあおった」と記す。だが、低線量被ばくの健康影響という「分からないこと」の前に、答えは一つではない。だからこそ、専門家は謙虚に説明すべきだ。「どれだけ説明しても、放射線の健康影響が正しく理解されない」と発言を控える専門家もいるが、本末転倒だ。専門家と住民との「対話」がこれほど求められる時はない。(東京科学環境部)
毎日新聞 2012年1月11日 


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