先日、上野千鶴子さんの出来たてホヤホヤの最新刊、
『女たちのサバイバル作戦』が届きました。
出版社は文芸春秋で、「文春新書」です。
届いてすぐに読んで、とてもおもしろかったので、
すぐに紹介しようと思ったのですが、発行日が9月20日だったので、
解禁になるまでまで待ちました。
ちょうど今日、上野さんが「ちづこのブログNo.55」に、
この本の記事をアップしてみえますので、あわせて紹介します。
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今週の毎日新聞夕刊「読書日記」の筆者は、上野千鶴子さんでした。
火曜日の夕刊のテレビ欄の下に載るのですが、
記事が大きすぎてスキャナでとれないので、
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画像がきれいに出ていませんが、ほんとはもっと素敵です(笑)。
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『女たちのサバイバル作戦』が届きました。
出版社は文芸春秋で、「文春新書」です。
届いてすぐに読んで、とてもおもしろかったので、
すぐに紹介しようと思ったのですが、発行日が9月20日だったので、
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女たちのサバイバル作戦 ちづこのブログNo.55 文藝春秋から新刊が発売。9/20日です。題して『女たちのサバイバル作戦』、ネオリベ時代を生き抜くために。『文学界』で長期連載していた原稿が本にまとまりました。それで『文藝春秋』本誌に「自著を語る」を寄稿。 以下はその原稿の転載です。 女たちのサバイバル作戦 (文春新書 933) 著者/訳者:上野 千鶴子 出版社:文藝春秋( 2013-09-20 ) ************** 雇用機会均等法から約30年 働く女性はしあわせになったか 日本でウーマン・リブが誕生してから40年。このあいだに、日本の女は生きやすくなったのでしょうか。海外メディアや若いジャーナリストにそう問われるたびに、わたしはうーむ、と考えこんでしまいます。 GDPは世界3位なのに、女性の地位を示すGEM(ジェンダーエンパワメント指数)では58位(2009年)、GGI(男女平等指数)では101位です(2012)。男女賃金格差は縮小しないし、出産離職率も長期にわたって横ばいのまま。日本の女の状況がよくなったとはとても思えないからです。 こんな時代、女性はどうやって生き延びていけばよいのでしょう? ・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 最後に。まさかこのわたしが文藝春秋から本を出すとは思いもよりませんでした。わたしが変わったわけではありません。その程度には、文藝春秋も変わったのでしょう。何より女性編集者を採用し、その女性たちが社内でサバイバルしてきたからこその変化です。文藝春秋社さん、わたしの本を出してくださってありがとう。 2013年09月20日 全文は、WANサイトでお読みください。 |
女たちのサバイバル作戦 上野千鶴子・著 文芸春秋 「バリキャリ」も「ゆるキャリ」もなぜつらい? 働く女性は幸せか? 答えはイエス&ノー。疲弊する総合職、煮詰まる一般職、増える派遣社員。「雇均法」「自己責任」の呪いを解く。 内容紹介 働く女性は、以前より生きやすくなったでしょうか? 上野千鶴子さんの答えはイエス&ノー。86年の雇均法、2000年代の小泉ネオリベ改革で、「総合職」「一般職」「派遣社員」へ分断された女性たち。そこには、グローバル化に適応したい経済界の要請もありました。家事や育児を背負いつつ、「男性社員のような」働き方を求められ、脱落したら「自己責任」。もはや「お局サマ」にすらなれない厳しい時代を生き抜くための必読書です。(RK) |
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今週の毎日新聞夕刊「読書日記」の筆者は、上野千鶴子さんでした。
火曜日の夕刊のテレビ欄の下に載るのですが、
記事が大きすぎてスキャナでとれないので、
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画像がきれいに出ていませんが、ほんとはもっと素敵です(笑)。
読書日記:今週の筆者は社会学者・上野千鶴子さん 歴史家だけが審判者ではない 毎日新聞 2013年09月17日 東京夕刊 *8月20日〜9月16日 ■誰も戦争を教えてくれなかった(古市憲寿著、2013年)講談社 ■戦争社会学の構想 制度・体験・メディア(福間良明他編、2013年)勉誠出版 ■戦う女、戦えない女(林田敏子、2013年)人文書院 ============== 敗戦から68年。当時20歳だった人たちが90歳に手が届こうという年齢だ。歴史の生き証人たちが死に絶えるのを目前に、記憶の風化を憂うひとたちが増えた。戦後生まれが政権の中枢を占め、国防軍をつくろうなどという「戦争ごっこ」の歯止めをかける戦中派政治家も退陣した。 戦争の歴史学と戦争の社会学はどこが違うのか? 野上元・福間良明編「戦争社会学ブックガイド」(創元社)の刊行にひきつづいて、福間良明他編「戦争社会学の構想 制度・体験・メディア」という大部な労作が出た。歴史学者は社会学に懐疑的だが、過去は記憶と忘却の集合だ。歴史家も過去の事実にだけ向き合っていればすむわけではない。事実がいかに解釈され、記憶され、伝達されるかを抜きに、歴史は語れない。「ナショナリズムとジェンダー」(青土社)の中で、歴史は構築されると主張して歴史業界に一石を投じたせいで歴史家から猛バッシングを受けた上野が、その後反省したと一ノ瀬俊也さん(埼玉大准教授)は言うが、私は反省などしていない。歴史家だけが特権的な歴史の審判者ではないのだ。 戦中派の孫世代というべき若い社会学者、古市憲寿さんの「誰も戦争を教えてくれなかった」が登場した。世界各地の戦争博物館47カ所を訪ね歩いたルポルタージュの姿を借りて、戦争の記憶と継承について論じたもの。博物館は記憶の伝達装置、教育メディアと言ってもよい。戦勝国、戦敗国のさまざまな戦争博物館をくらべて、彼は日本の博物館の送るメッセージ性が希薄であることを発見する。そしてその理由を「国家が戦争のことを語る語り方が定まっていないからだろう」と鋭く指摘する。 「『戦争、ダメ、絶対』と繰り返しながら、僕たちはまだ、戦争の加害者にも被害者にもなれずにいる」というのが、彼の結論だ。これが「誰も戦争を教えてくれなかった」彼らの世代の正直な実感だろう。 そう、戦争は語られていないし、教えられていない。とりわけ兵士の戦場での経験は。回想録はあるが、ほとんど塹壕(ざんごう)の孤独や、行軍の困難や望郷の思い。戦場の実戦経験はおどろくほど語られていない。鹿野政直さんの「兵士であること 動員と従軍の精神史」(朝日選書)に黒羽清隆という歴史家の研究が紹介されている。「一番多かった死に方は頭部貫通銃創です。2番目が胸部貫通銃創で……3番目に多いのが腹部貫通銃創で、これは一番いやな傷で苦しいのです。腹中に血液だとか、膀胱(ぼうこう)を撃たれると尿があふれでるというカタチの死に方を彼は研究したのです」 PR誌「ちくま」9月号から、保阪正康さんの連載「戦場体験者の記憶と記録」が始まった。それによると、復員した兵士たちに「おまえたちが体験したことは銃後の国民に語ってはならない」という「暗黙の強要」が戦友会を通じて行われていた、という。連載のこれからが楽しみだ。 イギリス史の研究者、林田敏子さんの「戦う女、戦えない女」は、のっけから「戦争中ほど『性差』というものが絶対視される時代はない」ときた。第一次世界大戦期のイギリスにもジェンダーを「越境」しようと、銃をとって戦うことを志願する女たちがいた。NHK大河ドラマ「八重の桜」の八重も銃をとった女性兵士。湾岸戦争で米軍女性兵士の活躍する時代。銃後の女、前線の男という二分法はしだいに成り立たなくなっている「男女共同参画」の社会では、もはや戦争は「男の子のゲーム」とばかり言っていられない。 ============== 筆者は上野千鶴子、福地茂雄、苅部直の3氏です。 ============== ■人物略歴 ◇うえの・ちづこ 東京大名誉教授、認定NPO法人「ウィメンズアクションネットワーク」理事長。「おひとりさまの老後」など著書多数。 |
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