蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

愛は、打算です。

2009-05-25 | 読む人々には興味ない話
ある夫婦の日常。

夫。
キムチ鍋で、汗だらだら。
汗をタオルで拭くでもなく、下着のシャツの裾をビローンとめくり上げ、
顔の高さまで引っ張って、顔の汗を拭く。
何度も何度も、そうやって汗を拭く。
裾はビロビロ。
そのシャツで、明日もそのまま仕事へ行くのだろう。

妻 「その汗の拭き方は、正しい拭き方なの?」
夫 「奥さんが、そっとタオルを傍らに差し出してくれて拭くのが、
正しい汗の拭き方や」
と、平然と、のたまう。
妻 「・・・」 (あほかっ! あきれ返って声も出ない)

静かに、食事は進む。

養ってもらってます。
離婚すると、路頭に迷います。
自活できません。
自立できません。
能力ありません。
気力ありません。
清貧生活、自信ありません。

なので、ちゃぶ台をひっくり返すほど(ダイニングテーブルだけど)、
ハラワタは煮えくり返っても、
ピクリとも表情を変えずに、黙々と、キムチ鍋に箸を運ぶ。

ごく普通の、平和な日常。
こうやって今宵も、妻は自爆する。

でも、ちゃんと生きている。



今度生まれたら、絶対、美人に!!!

2009-05-18 | 読む人々には興味ない話
私・・・
顔の美容整形してみたかったかも?
でも、しなかった。
失敗や副作用が怖いこともあるけれど、
少々いじったぐらいでは、美人になんかなれない程度の、親からもらった顔。
私のことを「ブス」と言う人も、「美人」と言う人も
「派手な顔立ち」と言う人も、「印象薄い顔」と言う人もいるけれど、
180度評価が分かれるということは、見る人サイドの見る目に、問題があるようだ。
要は10人並みの顔。
自分で見ても、写真で見ても、整っているとはとても言えない顔。
女優さんじゃあるまいし、そんなに顔にお金かけて気合入れて頑張らなくても、
人並の顔で、そう不満足ではなかった。
それに、若い時は、、、それだけで、ちやほやしてくれたから。
美人でなくても、若いだけで男性は寄って来るもの。
(お目当ては、女性としての若さ。実にわかりやすい)

美人に変身して、オトコを手玉に取り・・・遊んでみたかった・・・
と、誰もが一度は憧れるかも知れないけれど、
根っからの悪女でもないし、才女でもないから、限界がある。
一人ひとりお付き合いしていったら、時間はいくらあっても足らないし。
第一、人を傷つけることになっては、なんの楽しいこともないから。



しかし、時は過ぎ去り、今では、酔っ払いオジサンも避けて通る・・・立派なお年頃に。

自分の顔に責任を持て、と言うが、なるほど、そうかも知れない。
ある程度年齢を重ねて、若さを失ったとき、どういう顔になるか、だ。
顔だけでなく、体の老化も、どんどん進み、さらに、アタマがまた、悲惨。
これらの自分の変化に慣れるのに、
どれだけショックを感じながら、自分に言い聞かせながら、現実を受け止めたか・・・。

しかしながら、どうにかこうにか、次の人生を歩いている。
気持ちの切り替えで、また、いきいき、輝くものも見えてくるものだ。
若くない自分も、悪くないかも?

私は、人から見ると、シングルを謳歌しているように思われることもあるのだが、
お気楽な性格と行動からだろう。
理想としては、じわーっと滲み出る、内面の美しさを醸成できるようになること。
夢や目標を持って、努力すること。
とりあえず、目の前にぶら下がっている現実的な目標は、
あと一歩で泳げるようになるクロールの達成。(→小学生?)
夢を実現するための健康維持。(→お年寄り?)
それと、一日でも長く平和に生きること。(→神に召される直前?)

リアルな今日一番の恐怖は、流行の豚インフルエンザ。
神戸・大阪、まさに私のお膝元。
世界中から、不安の要素が少しでもなくなることを祈っている。

で、唐突に、まとめ、です。
自分の顔に責任を!!
責任を持てば、どんな顔も味が出てくる、
顔の美醜よりも、生き方が顔に表れるのだ、・・・きっと・・・たぶん・・・。

しかし、ほんとは、美人に生まれたかった・・・

いい年して、もっと他に考えることはないのか???)




日本のお宝

2009-05-15 | 展覧
今まで、私が観る展覧会や美術展は、自分にとっては勉強の意味があった。
本やテレビで学ぶより、ナマの本物を観て、じかに感じるほうが、
臨場感あふれ、リアリティがあるから手っ取り早い。
ゴルフの打ちっぱなしの練習をあまりせず、
いきなりグリーンを回るようなものか?(ちょっと違う?)

ゲンブツを観たあと、その後に書物や映像などで、復習のような気持ちで、
おさらいすることも自分には有益だと思っている。



東本願寺は、1602年に建てられたが、4度の火災に遭い、1895年に再建され現在の姿になった。
そのお宝。
丸山応挙や狩野元信、棟方志功など、ダイナミックな肉筆襖絵を主にした展覧だった。
作品そのものは、棟方志功以外は明治時代のものが多く、
近世ではあるが、題材やモチーフは古来のもの。(中国も含む)
作品だけ見ていると、もっともっと昔のものであるように感じた。
小さいときから家でよく目にしている、日常の風景の一部である、
屏風、掛け軸、襖とダブり、どうも新鮮なかんじがしなかった。刺激に欠ける。
もちろん、民衆の手にあるものと、一流芸術家の作品は、全く違うものであるが、
モチーフや、描かれた時代の共通性は相通じるものがある。
同じ時代の空気を肌で感じる。というか、馴染んでしまう。



しかしながら・・・今更・・・というかんじ。
京都人が、外国人の京都フィーバーを見て、不思議な気がするとの同じような感覚だろうか。
私は、日本文化、日本美術は、特別の思い入れがない。
特に、ああいった、明治時代のもの、年代を経た劣化ぶり(いい味)が、
まさに幼少の折から慣れ親しんでいるもの、そのまま。
とは言うものの、懐かしいというものでもない。どうも近すぎて、緊張感がない。
幼馴染(おさななじみ)と婚約するようなものか?(ちょっと違う?)
なので、自分の原体験の中にない、ヨーロッパの石の建物などを見ると感動する。
かといって、日本文化を軽んじる気持ちは、全くない。

東本願寺が、時代の中で重要な役割を果たしていたことを示す史料も展示されていた。
徳川慶喜の書簡は、貴重な幕末史料として大変興味深かった。
彼は、男前の結構イイ男で、書道もお上手なので、感心、感心。
大政奉還は、日本の歴史上、大きな節目、大切な時期である。
ペリーさんの顔を想像した。
黒船にやってきた当時、幕府はどんな大騒ぎだったのだろう。
書簡は虫食いのあるものもあったが、キレイなままで保管されているものもあった。
まるで、今、現在、書かれたかのように。

近世JAPANの文化、芸術に触れ、自分にとっては特別のものでない
まさに血や肉の一部のようになっていることに、改めて気付いた。


熱い日の出来事

2009-05-12 | 仕事
自分が若かった日々が、懐かしくもあり、愛おしい。
私は、熱く烈火を噴く活火山だった。
遠い遠い、過ぎ去りし日・・・


ある夏の暑い日、私は仕事で、ある人のお話を伺いに出かけた。
その人は、だんじり作りの職人さん。
年は、40歳ぐらいだろうか。
当時の私より、おそらく5、6歳ほど年上かと思われた。
私は慣れない仕事に、緊張していた。

薄暗い作業所で、その人は、黙々とケヤキを彫っていた。
名刺を差し出し、お話を伺う手順を踏む。
職人さんという職業そのままの、朴とつとしたしたその人は、
無口で、人と喋るのはあまり得意ではなさそうだった。

薄暗さに目が慣れ、彼の顔とまともに向き合った瞬間、
彼の目から発する光が刺さるのを感じた。
一瞬にして私は、その光を全身で受け止めた。

ピンと張り詰めたまま、細い、しかし強い光を放ち続ける彼と私は見つめ合った。
最初は閃光だったが、しばらくして視線が絡みついた。
それは、彼の瞳から、私の瞳へ、そして眼球の底を通って身体の隅々まで絡め取るように、
微妙な強弱、ジグザグを繰り返し、行ったり来たりした。

動物が獲物を見つけた時に発する、天性の武器にも似たその光は、
私の頭の奥を、鈍く痺れさせた。
力強い粘りや、濃度の濃いヌメリが混ざり合ったような質感を持っていた。
ラングドシャ(猫の舌)のような、ざらつき感も練りこまれていた。
私は、得体の知れないものが自分の中に、
生物が動いたような、どくっと脈打ったような、そんな気がした。
彼の浅黒い顔は、脂と汗が混じった様相で黒光りし、艶を放ち
筋肉質でがっしりした骨格、地道にもくもくと働く忍耐強さ、逞しさを持っていた。

独特の光の持つ魔力に、私は、ぐいぐい惹き込まれて行った。

ちゃんとお話を伺わなくては・・・
いったいどれぐらいの時間が経っているのだろう・・・
そんな目で見つめられると、どうにかなってしまう。
どうしてそんな濃厚な眼差しで、私を引き込むのか・・・。

ぬめぬめと、沼の奥に引きずりこまれそうになった。
絡め取られるその時まで、いつまでも引っ張り続けられそうだった。
一向に力を失わない光を放つ、その人の目を私は見続けた。


私は、本来、知的な紳士が好きなのだ。
学問や知識が、頭にぎっしり詰まった、そういう人が好き。
そして高尚な趣味を持つ人格者、崇高な人に憧れる。
ちょっと青白い、細長い繊細な指を持つ、スリムな人が好き、・・・なはずだった。
その逆に、ダイッキライなのは、無学で、弁の立たない、野卑な人。
汗とも埃とも区別がつかないような、黒くギラリと光る、
彼は、私の、理想とするタイプとは正反対だった。


情緒とか、品性とか、気配りとか、優しさとか・・・
そういう優等生的「女性らしさ」は、すべて、どこかに吹き飛んだ。
理性より、感覚的な五感でフルに、その空気を感じていた。
頭は、空っぽ、ということだろう。
彼を感覚だけで嗅ぎ取っていた。


あのとき、私はギリギリの崖っぷちのところに立ち、一触即発だったのだが、
なにしろ仕事の枠の中。
彼も私も、仕事を媒介に、向かい合っている。
もし、仕事でなければ、状況が違っていれば、
あの人が、ほんのひと触れでもしていたら、・・・・・


クールに冷静を保つ自分が好きだから、
特に恋愛は、男性に対して、自分が優位に立つポジションが好きだから、
今まで抑え込んできたもの、
一瞬にしてそれを崩すと、あとが修羅場になる。

幸か不幸か、チープな官能小説にあるような展開には、ならなかったので、
今日、こういうことを書けるわけだが・・・。
その時の、あの仕事は、今も思い出に強く残っている。
あの一瞬は、短くもあり、長くもあり、
もう一人の、別の自分の存在を知った瞬間でもあった。


私は今は、かなりの中古品。
多少の修理をしても、なかなか元には戻らない。
部品の在庫もなく、廃盤かも知れない。
知らぬは、自分ばかりなのかも知れない。