カトリーヌドヌーブの映画を観た。
「真実」。
「万引き家族」の是枝裕和監督作。
家族を掘り下げるのがお得意らしい。
映画館の中での小さな室内。
フランス映画は、なかなか日本の興行に乗らないのか、日本人が手がけた、今回の作品のように、滅多に観られない。
ずっと前に、マイナーな映画館で見た、フランスの静かな映画「夏時間の庭
」がオーバーラップした。
あれは、有名な画家の家族が、愛着ある家や家具を手放すまでの、家族の思い出が詰まった家の終焉に向かうストーリー。
映画の中では、美術館に寄贈する展開だった。
わたしは、過去に、ルーブル美術館の次にオルセー美術館に行った。
その展示されている、アールヌーボーの家具を見て、あの映画「夏時間の庭」が重なった。
映画「真実」が終わり、場内が明るくなると、隣に座っていた女性客がお連れさんに、一言、
「女優って大変よね」
とため息まじりに、もらしていた。
しかし、大変なのは、女優だけではないと思った。
その少し前に、NHKテレビの夜番組「プロフェッショナル」で、女性料理人を観たばかりだった。
彼女が、仕事柄、子育てに全力で取り組めなかったことを話す時、流れた一筋の涙が、言葉よりずっと多弁に語っていた。
子育てしながら職を持つ母親は、女優が一番、顔が外側に出て、わかりやすいのだろうけれど。
子育てに全力で向かえないジレンマ、もどかしさ、自責、自省の念がある。
しかし、なんで女性だけ?
今は時代が変わりつつある。
ちゃんと子育ても仕事も全力でやってない人までが、「わたしは大変なの。なんで、わたしばかり?」なんて、ついでに声をあげるケースもある。
全力でやってから、言ってほしい。
全力でやり過ぎて、でも周囲の理解を得られず、精神のバランスを崩す人もいるのだろうけれど。
子供は、母親に愛や温もりを求め、認めてほしいと切に願うようだ。
わたしの場合は、全然。母に求めない。
またまた自分の変人ぶりを再認識するだけだろう。
母親には、ハナから期待していない。
結婚して家を離れた時に何が一番うれしかったか?!
家を出られたこと、しかも、家出とかではなく。自分も周りも喜んで。
こころから清々した。
自分の生まれ育った環境の恩恵を最も受けているのは自分であるが、最も嫌いで、頭痛のタネだった。
なにごとも表裏一体を学習するには、よい教材である。
自分があるのは、親たちのおかげなのに、それ自体が嫌い。
肯定と同時に否定。常に同時進行。
努力と成果、みたいなものか?
努力は苦しくて大嫌いなのに、さぼっていてはいけない、精進しなければ。
それを積み重ねると、良い結果が生まれ、成果を享受する。
ランナーズハイなんてのもあるようだし。
仕事と報酬、評価みたいなものか?
「仕事が趣味だ」みたいな人がいるが、趣味が無いだけなのでは?
だが、趣味ばかりやって、遊びほうけていると、生活が破綻する。
しかし、リタイア後は?
年金などの範囲内で、つつがなく暮らしていけば、それでよし。
リタイア後は、仕事から解放されると喜びに満ち溢れるのはよいが、実際のところ、それからが実に長いのである。
自分を生み育ててくれた親の今の姿を見れば、愛情不足を訴える余裕などない。
是枝監督はまだお若いから、自分の親の弱り方が身に染みていないと感じる。
「万引き家族」においては、樹木希林演じる老女は、すっと眠るように息を引き取ったし。
あれ、完全に映画の中の世界だ。
実際に、そうやって亡くなった親御さんもおられるが。
大概、ほとんどの人は、あんなのではない。
「万引き家族」も、家族の愛を追求する映画であったが、「老い」はテーマには入ってなかった。
あれもこれも、てんこ盛り、ひと昔のデパートの最上階大食堂じゃないんだから、そんなことをすると、絞り込めない。
で、、、話は行ったり来たり、、、
カトリーヌドヌーブは、現在76歳。
この年齢をどう捉えるか。
女優という美を職業にしている特殊な人と、その他の職業の人では全く違う。
すごい貫禄。美しい。
(笑顔はないが、笑顔になると、ちょっと美の点数が下がるかんじ)
そんじょそこらの76歳とは雲泥の差。当たり前か。
その他大勢の、一般ピープルでも、社交ダンス愛好家は、いつも会場で顔を合わせる91歳の女性の先生をはじめ、80代はゴロゴロ。
わたしのライバル女性は、83歳のAさんと74歳のBさん。
お裁縫や、習字ではなく、ハイヒールを履いて踊るライバルだから、すごい。
しかし、すってんころりんと転倒すると、アウト。
ダンスライフ・ピリオドの危機といつも背中合わせである。
話は戻る。またまた行ったり来たり。
パリ17区で家を持ち暮らしているというカトリーヌドヌーブ。
今回の撮影は、自宅ではないにしてもパリだろう。
わたしは16区に少し滞在していたのだが、見たもの、聞いたもの、触れたもの、風の匂い、肌で感じたもの、記憶と重なる。
特に色。
映画は、秋、黄昏をイメージしているらしいが、私が訪れたのも秋。
庭や街路樹の枯葉が美しい。
人生の黄昏をそっと見守る色合い。
キラキラとか、輝いて、とかではなく、落ち着いた実りの秋、深い収穫。
やがて枯葉は、一枚残らず散っていく。
しかしながら、散り際が最大の難関である。