蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

沖縄は暑かった

2018-12-29 | 
暑かった!
こんな暑くては3日の行事、工程がこなさせないと危惧した。

と、上記は本州、自宅に戻ってから入力したもの。
この連休、暮れも押し迫る中、沖縄くんだりまで行ってきた。
しかも一昨年の10月にも行っている。さらに加えてまたまた同じ宿泊先。
ヘビーユーザーであるが、さすがに次には行くときは違う宿泊ホテルにしたいかな、と。

それにしても、沖縄旅のブログアップに時間を要した。
色々あって、旅の余韻に酔いしれる余裕はなかった。
しかしながら、三世代、若い世代と団体(家族旅行です)で行くと、肉親でも気を使う。
やはり1番気を使うのは9人中、たった一人、血が繋がっていない娘婿。
ずっと大型車の運転手でもあり、本当にご苦労さまでした。

海の向こうに赴任中の、一年に一回しかコミュニケーションを取らない息子と、血のつながらない娘婿と、私の3人で1日目の夜に部屋で飲み会をした時は、気を使って気を使って、ほんとに疲れましたとさ。

つまらないSNS

2018-12-20 | 趣味
わたしがよく行く趣味SNSが、あまり面白くない。
なぜなら、参加メンバーが固定しているから。
偏っているというか、、、何を日記に書いても、つまらない。
同じ顔ぶれの、同じ同じ反応。

が、まだ反応してくれるだけ有難いと思わなければならない。
読んでくれる人もコメントもなければ、寂しい侘しい限りだ。
最初は、手応えがない当蝶ブログより、反応がシャキシャキわかり、コメントもある趣味SNSが楽しかった。
だが、今は、古巣に戻る気分。

自分に素直になれて、反応を気にしなくていい、ここ蝶ブログに投稿することは、自分との対話が思い切りできて、わたしの息抜き、憩いの場となっている。

100パーセント同じ感性や考え方の人などいない。
クローン人間なら同じかも知れないが、鏡に向かって自問自答しているようなものか。
刺激や気づきには、つながらない。

自分の答えを自分で出すわけだが、答えを出すまでは、時間がかかる。
だいたいの方向性が決まりかけていても、振り出しに戻ったり、方向転換したりすることもある。

そもそもわたしは、後出しジャンケン派。
相手の出方を見て判断するので、ずるいのである。
それで終わり?もう無い?じゃあ、わたしは、、、と、先に相手の手の内を見てから勝負に出る。
相手もバカでなければ、全てを出し切ることはしないだろう。
多少の余裕や柔軟性、隠し球はあるはず。
最終期日が決まったことでも無い限り、焦って答えを出す必要はない。
不要不急の行動は避けたい。

趣味SNSで面白くないのは、わたしが賛同と言うにはあまりにも超平凡な当たり前の考えに、皆さんが賛同していること。
考えや感性は様々、色々なんだから、それは当然で、むしろ同じのほうがおかしい、、、
のは、重々わかっているのだが、、、。
自分の意見はあちらには書けない。
なぜなら、公の場に出された意見や思いは、公向けに書かれている。
非難されないように皆さん、注意を払っている。
良いことなら公にしても問題ないが、悪口などのホンネは各自、個別に個人的にメールでやり取りしているのだろう。
オフレコにして、陰であれこれ悪口を言い合うのは、わたしの好みではないので、よほどのことでもない限りパス。

安全、かつ、わかりきったことが書かれている日記は、つまらない。
自分が悪く思われないように、良い面だけ面に出している。
そんな日記にいちいち賛同コメントが寄せられる。
よほど皆さん、暇で、話し相手がいないのだろうと想像する。
表面だけのやり取りの、どこが面白いのかわからない。
というか、皆んなが興味あることに、わたしが興味を示さないからか。
ということは、わたしが変わっている、少数派ということか。

なので、しばらくあちらの趣味SNSはお休みする。
ああ、、、眠たくなってきた。

赦し合えない時は、厚顔無恥で行く

2018-12-19 | 交友
どす黒いドロドロとしたものが自分自身にあることを発見した。
今更ではないが。
もの心ついた時から。
積もりに積もり、積み重なってキャラを形成している。
皆さんは、そういうことには目を向けないだろう。
自己防衛のために。
あまり自責をやり過ぎると、病気になる。

人の欠点が見えると同時に自分の欠点も見える。
人も斬り、自分も斬られる。
つまり、人を斬ると自分が傷つくのだ。
だから、見て見ぬフリをする。
互助会みたいなもの。
お互い様、持ちつ持たれつ、完璧人間なんていないのだから。

と思うのだが、それにあぐらをかいて、シャーシャーとしている人を見ると、その自己肯定、厚かましさ、無神経さにイラつく。
少しぐらい、痛みを感じて欲しい。
お互い痛みを感じ、赦し合いたいものである。

が、世の中、イラつく人がいかに多いか。
だから、わたしは、誰とも近寄らない。
せいぜい最高に近寄っても片手(肩から手指まで)の長さを挟む至近距離まで。
ハグには至らない。
それ以上は、不可侵ゾーン。
異物混入は、生体拒絶反応が起きるので、お互いのためである。

漢方薬で、じわじわ距離を縮める方法もある。
ただし、忍耐と信念が必要。
徒労に終わってもよいという覚悟が必要。
見返りを求めてはいけない。期待しすぎは自滅の元。
ダメモトぐらいの、軽いノリで。

あるいは、蛇のように丸呑みする。
じわりじわりとお腹の中で相手を溶かす。
相容れないものならお腹を壊し、悪くすると自滅する。
異変に気づくと途中で吐き出すことが救命策。
いつまでもこだわっていてはいけない。
株の損切り英断と同じ。
ダメなものは、いつまでたってもダメ。
見返りを求めなければそれでよいが、自分まで蝕まれるのは避けたい。

見切るには、通過地点のポイントがいくつかある。
そのシグナルを受信し、見切り点が満タンになると、そっと手を放す。
いくつかのシグナルを傍受した段階から、手を放した後の準備をする。
次の行き先、収まり先を見つけ確保しておく。
でなければ、寒空の下、寒いだけ。

こんな心境になるのは、相手が悪い。
こういう時は、自分は痛みなど感じない。
反省したり自責の念にかられたりせず、厚顔無恥の太々しく逞しく自己チューを押し通す。
自分のほうが大事だから。
相手が潰れるか自分が潰れるか、二択しかないなら、自分を救済する。

傷んだ衣を脱いで、再出発する。

夢を見ることは出来ない幸せもある

2018-12-14 | 無題
貴女の夢はなんですか?
というタイトルの質問(趣味のSNS)に、さきほど答えてきた。

「現状維持が夢」だと、答えた。
夢も面白味もない返答であるが、ねつ造する必要性もないので、ホンネを書いた。

既に、やりたいことは、やった。
やりたいこと自体が、少ないのは、いささかパワー不足であるが、マイ キャラである。
常に一定温度。鬱一歩前の楽天家だから。
あまり、はしゃがないのだ。

夢は、月や火星や水星や木星、金星、土星(しつこい)に行きたいことではない。
報酬をくれると言われても辞退する。
(10億円くれるなら、一瞬、考える)
冒険アドベンチャー系は、パス。
癒し系なら、ウエルカム。

わたしの家族たちもアウトドア系は、ノーサンキューのようだ。
ワゴン車で寝泊まりして、釣りや河原でバーベキュータイプではない。
優雅な時をまったり過ごしたい派。
上質で贅沢な時間が好きなわけだが、何もしないで、快適温度で過ごすのがラグジュアリーなわけ?
メリハリが必要なのであって、日頃、激務で酷使した心身を休養させる。
(家族はそうでも、わたしは酷使してないけれど)

日頃も大変なのに、休日まで大変なのは、疲れる。
ワゴン車ではなく、旅館やリゾートホテルのほうがいいと思うが。
もしや、各自の好きな過ごし方は、お金があるなしに関係しているかも知れないので、あまり声を大にして人様の過ごし方にコメントするのは控えよう。

釣りが趣味の人とは、全く接点がない。
魚が嫌いなもんで、、、匂いが特に。
お風呂もまともに入れないような、アドベンチャー・レジャーは、やはりわたしのタイプではない。

じゃあ、なにがしたい?
なにもしたくない。
究極のところは、置物人間である。
居るだけ。
埃をかぶっているが、時々、羽根のハタキで埃をはたき散らす。
(て、自分で、自分をハタキではたくのか?と、矛盾点発見)
とりあえずは、息をして、自分のことぐらいは出来る。

夢をシュミレーションしていき、実際に具体に想像、検証していくと、一つずつ、潰れていく。
最初は、あんなふうになれたらいいなと、ぼんやり頭に理想の夢を描く。
こうなって、ああなって、、、この展開になって、、、現実味を帯びて詰めて考えていくと、だんだん悪い方向に進んでいく。
(保守派はシビアで革新を好まない傾向あり)
で、アイデアラッシュの思いつき案が、消されていく。

一番、欠如しているのがマンパワーである。
外注しようとするが、自分の生活の基幹となる部分をごっそりお願いするとなると、信頼や適応性、好みに合う人が存在するかどうか。
リスクを背負わなければ、やりたいことは出来ない。
リスクのほうが大きいなら、やらない。
だって、もう若くないし、無理してまでやりたいと思わないから。
(やりたくない、やらない理由や弁解は山のように常備している)

年齢を重ねてもチャレンジ精神のある人は素晴らしいけれど、自分一人で完結しているならまだしも、人にフォローしてもらってまでは、どうかと?
ビジネスライクにお金で済めばいいけれど、周りに負担をかけていることを念頭に置きたい。

じゃあ、年配者は夢を持てないのか?
そんなことは決してない。
わたしの場合、生まれつき健康優良児のため、まだ経験したことがない病気や、災害などの不安で、夢どころではない。
もし夢があるとするなら、安らかなこころで過ごしたいという、スピリチュアルな世界だったり宗教的な方面に居場所を求めるようになると想像する。

あとは、工芸品や骨董品とか大好きなので、ドリップコーヒーを自分で淹れて、眺めて暮らしたい。
(「海の見える静かな家で」は、やめた。自然災害が怖い)
大きな絵画も眺めたい。
じゃあ、入れ物、器が必要。
大きな絵画が掛けられる住まいが、必要。
ん?
今更、新しく家など建てられない。
じゃあ、住宅業者がよく謳っている、子供が巣立った後の、リタイア世帯へのリフォーム提案に、まんまと乗る?
趣味と暮らす、アトリエのある家、とか。

と書いてみても、わたしの温度は上がらない。
だいたい想像がつくから。
ところ狭しと画材や材料が並べられた部屋に日がな過ごす幸せ、、、、
いや、いや、と首を横に振る。
定年後の蕎麦打ち男性のイメージか。
(体力的に今しか出来ない、と、バイク・ライダーも多いようだ)
わたしは、ちょっと違うなあと思う。
新しい自分を構築する前夜の前夜の、またまた前夜の1週間前、というかんじだろうか。

わたしの中で何かが動き始めている。
胎動というには、新しい芽吹き、命ではなく、消滅という動き。
消滅するのにも、エネルギーは要るのです。

モヤモヤ無駄に文字打ち

2018-12-13 | 趣味
暮れも押し迫って、なんだか慌ただしい。
というのに、今日は、日記や記事をいくつも書いて、すべて、お蔵入り。

途中、睡魔に襲われ、机に突っ伏して2時間ぐらい爆睡。
それなら布団に入って横になれば、楽で疲れも取れるのに。
何がしたいんだ?わたし。

もう夕方が近づいている。
また焦りの気持ち。

どうも今日は、考えがまとまらない。
というか、考えはまとまりかけているのだが、趣味SNSにアップするかどうかを迷っている。
結局、日の目を見ず、内側に溜まる。
外に向けて出さない限り、スッキリはしない。
迷いや、悩みが解消されていないと感じる。