9月15日に上野の東京文化会館で行われた二期会の舞台神聖祭典劇「パルジファル」。25年も続いている女房のピアノレッスンの集い「はなの会」の渡邊先生の一人娘の二期会の渡邊史さんが「花の乙女」として出演するということで聴きに行きました。
また、「鑑賞の手引き」も渡邊 史さんから携帯メールで届きました。「あらすじ」と「原作と今回の演出の違い」は、この「鑑賞の手引き」(一部修正)を利用させてもらいました。
舞台神聖祭典劇「パルジファル」はワーグナーが死の前年に作曲した最後の作品。
深みのある宗教的思想、哲学的思想が盛り込まれていますが、音楽も晩年の円熟期に作曲されたこともあり、ゆったりとしたテンポで進み、静謐な雰囲気となっています。ドビッシーは、この曲を絶賛したそうです。
ただ、音楽は休憩を除いても4時間以上と延々と続くので集中力が必要になります。
配役・・・・
パルジファル 片寄純也
グルネマンツ 山下浩司
クンドリー 田崎直美
クリングゾル 友清 崇
アムフォルタス 大沼徹
花の乙女5 渡邊 史
合唱 二期会合唱団
指揮 飯守泰次郎
読売日本交響楽団
あらすじ・・・・
【1幕】
聖杯を守る一族の王(ティトゥレル)の高齢による代替わり。後継者たちの反目。離反したクリングゾルは敵対勢力をつくり、聖杯一族の者たちを堕落させようとしている。
若い王(アムフォルタス)も誘惑に負け、傷を負った。不名誉を恥じる心と呪いにより傷はふさがらず、血を流しつづけている。痛みと苦しみは聖杯に触れることでさらにひどくなり、若い王は儀式を継承することができない。
それを救うのは穢れを知らない無垢な「愚者」であるとの宣託が、聖杯から放たれた。そこに現れた若者…本当に待たれていた者なのか、まだ解らない。若者は放浪していく。
【2幕】
一族からの離脱者クリングゾルは、呪いの花園を設けて聖杯一族を誘惑し、堕落させようとしている。
若者は花園にさ迷う中で、パルシファルという名前、母との記憶がよみがえる。智恵を得たパルシファルは、聖杯の儀式を担うべき自分の運命を悟る。
クリングゾルに奪われていた聖槍を取り戻し、アムフォルタスを助けて聖杯を受け継ぐため、城を目指して出発する。
【3幕】
聖杯の儀式が行われないままに城は荒れ、騎士たちは傷や疲れを癒すこともできず、閉ざされた世界にとじ込もっている。ティトゥレルは死に、アムフォルタスは苦しみ、もはや聖杯の力も潰えてしまうかと思われた時、ようやくたどり着いた旅姿の男はパルシファルだった。
自分の悟りは遅すぎたか、と悩み悔やむパルシファル。しかし聖杯と聖槍がひとつになった時、生命の流れが生まれ、世界が音をたてて動きだす。
原作と今回の演出の違い・・・・
♪時代…中世(10世紀ごろ)スペインのモンサルヴァート城及びクリングゾルの魔の城を舞台→1920年代、第一次世界大戦のあたり
何が正しいのかも分からないままに続く終わりのない戦いに心身が傷つき、疲弊した人たち。厭世と濫熟が極まり、出口のない混沌とした世界。人々は、どこかに新しい流れの糸口がないか探している。力、リーダー(正義、悪にかかわらず)を求めている。
♪アムフォルタスとクリングゾルは兄弟的つながりという設定
♪聖杯の城は、傷病兵を集めた病院のような施設とされている
♪聖杯守護の騎士→医者
♪小姓→看護婦、若い兵隊
今回の席は、2階席の一番前のほぼ中央、どこで聞いても音響効果は素晴らしいと言われる東京文化会館でも、良い席でした。
さすがにバイロイトで長いこと研鑽を積んだ飯守康次郎さん指揮の読売交響楽団の奏でるワーグナー音楽は、素晴らしく、生演奏のすばらしさを肌で感じることが出来ました。 また、二期会合唱団の合唱も美しい声で感動的でした。
出演者の中では、クリンドリーを演じた田崎直美さんが印象的でした。今回のオペラに大抜擢されたとプログラムには書かれていましたが、豊かな声量で、2階席まで朗々と響いてくる歌声には驚きました。渡邊史さんも6人の花の乙女の中では、演技力が光っていました。
ただ、バイロイト祝祭歌劇場で初演された時の演出がどのようなものであったか分かりませんが、今回の演出はそのときに比べ時代背景が大きく異なり、一番の見せ場と私の思っていたクリングゾルからパルジファルが聖槍を取り戻す場面がのんべんだらりと行われたり、最後の場面、聖杯と聖槍が一つになって新しい世界が生き生きと動き出すと行った場面が、とても地味だったことが、私には残念に思えました。