マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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続、大塔阪本踊り

2007年09月16日 10時05分45秒 | 五條市へ
1時間半ほど連続して踊られた阪本踊りは「薬師踊り」を終えて一旦中休み。

中休みのもてなしにはお重に入れられたキナコメシやゴマニギリメシにコンニャクやイモ、タケノコのテンプラの料理が配られる。

田舎料理やけどこれが阪本の接待じゃ食べてやと差し出されると、つい手が伸びる。

中休みを終えると後半の踊りが始まる。

阪本踊りは日が変わる直前の夜遅くまでそれぞれ個性ある20曲ほどを唄い踊られます。

阪本踊り保存会の会長は五代目。

先達から直接指導を受けたことがないが、子どものころから踊ってきたので身体が自然に身についてしまったとおしゃる。

地区がダムに沈む前の阪本踊りは天辻、中原、簾に天川が加わり、互いに日をずらして五日間ほどかけて順番に盆踊りが踊られていました。

簾では当日の昼と夜に踊られる阪本踊り。

今は2軒の家だけになっているが村を出ていった人たちが盆の日に戻られて踊られるという。

(H19. 8.15 Kiss Digtal N撮影)

大塔阪本踊り

2007年09月16日 09時53分50秒 | 五條市へ
八月十五日はお盆の日。

遠く離れて暮らす人々は出身地の故郷へ帰り、家屋敷を守って暮らす両親と久方ぶりに顔を合わす。

寒村となった五條市大塔町の阪本では大勢の者が帰り無形民俗文化財となっている阪本踊りで旧交を深める。

地元若者らの手によって天神社の境内に夏祭りが準備される。

日が暮れるころ、アテモノや金魚掬いなどを心待ちにした人々が集まってくる。

ひと通り楽しむと踊り堂にあがる。

三方には桟敷が設えられた踊り堂。

20年ほど前に建てられたものだ。

夜八時ころ、踊り堂の真ん中に組まれた櫓に保存会会長が登り太鼓をドン、ドンと打っていく。

バチさばきは最初はゆっくり、そのうち早くなる太鼓打ちの響き。

やがて「やっちょんまかせ」の小唄囃子が唄われると踊り子らが櫓を囲み踊り出す。

”阪本踊り”が歌詞にでてくる「かわさき踊り」。

”咲くのは何の花”と唄われる「開き」。

タンタンと1本のバチで打つリズム。

ゆったりとした曲や動きがリズミカルな曲の踊りに身体が反応する。

扇ひとつで踊る「大文字屋」は小唄踊りの特徴的な扇踊りの代表的なもの。

手に持つ扇をくるっと返す美しい踊りです。

「祭文」、「さっさよいこえ」、「おかげ豊年踊り」、「なんちき」、「薬師踊り」などなど、唄には村の生活や名勝などが織り込まれている。

特に「なんきち」には特徴がある。

踊りはじめは一人で、曲の途中からは二人が向き合って踊る。

最後のほうになるともうひとりが加わり三人で踊る舞いだ。

太鼓の音と音頭取りの唄が狭い踊り堂の中で響く光景は懐かしい故郷の趣があります。

(H19. 8.15 Kiss Digtal N撮影)