2009年8月に久しぶりにハクエイ君に会うと、開口一番が 「良いトリオが出来ました」でした。その後10月に横浜JAZZプロムナードで1時間ぐらい彼とお茶ができて、そのトリオに「トライソニーク」という名前をつたと説明してくれました。
そのトライソニークのアルバムが機を熟して発売になりました。
ずっと応援してきたハクエイ・キムは、私のblogでこれまでのリーダー作3作および参加作、ライブのレポートも25回(そのうちトライソニークは5回)記事にしてきました。
2005年の出会いから今日までを振り返って、今回の「Trisonique」の発売は私にとっても格別の喜びでなのです。
ずっと聴いてきたことから、ここで書くこともなんだか責任を感じて、実にゆっくりと書いています。
まず第一印象ですが、ホッとしています。
トライソニークを聞きにいく時には、とにかく一番良い席を目指します。ハクエイ、カルタさん、杉本さんの3人が同じように重要なことをそするので、バランスの良い席が大事なのです。
今度のアルバムを聴くと、すばらしいバランスで特等の席に座っている状態です。
これで特上の演奏であればいいのです。
1曲目グループ名の“トライソニーク”ライブだと10分をこえてうねる様に展開しますが、ここでは5分半、抑制をきかしてまとめているのです。それでいて途中のハクエイのピアノライン、カルタさんや杉本さんのリズムにはトライソニークのエッセンスがしっかり出て、とても旨く伝わっています。そこがこのアルバムの巣晴らしところ、ホッしました。この演奏にトライソニークが要約されているように感じます。
トライソニークの結成と、その方向みたいなことは今月の「JAZZ LIFE」のインタヴューでハクエイが詳しく語っていますので、そちらをお読みください。
3年ぐらい前から、ハクエイにぴったりなベーシストが見つかると良いね、と話していたのを思い出します。
2曲目は杉本さんの高音アルコから始まる“クアラルンプール”、これまでハクエイと演奏してきたベーシストは、もちろん演奏しようとする人ですから、すばらしい奏者であり今でも共に演奏しています。
杉本さんの参加によって出来上がったトライソニークの演奏の変化を、5度のライブで見てきましたが、その変化は目覚しいものがありました。
出だしのトライソ(たぶんこう短く呼ばれる)は、それぞれのすばらしいインプロに周りがいかに反応するか、ソロとバックの関係から始まりました。
しかし、二人のリズムは並大抵ではなく、ハクエイがより強くピアノのラインを作るようになりました。すばらしいリズムに対等になるよう、実は成長したのです。
杉本さんは最初、基礎になるフレームを安定させてくれる人でした。
ことクアラルンプールや以後のソロにあるように、最近では一人でずっとソロしてるのではと思うほど扇動的です。このアルバムでも、アリャ杉本さんのアルバムかいと思い(ません。)
逆にカルタさんは、いつも実に楽しそうにたたいていますが、細心の注意を払いながらリズムキープをしてトリオの安定に導いて、その中突然爆発する人となりました。
ハクエイはこの二人を得て、自分のグループでありながら、あるときではインプロバーザーを謳歌して自由に歌ったり、自分の真価を試しているのです。
3曲目“ホワイト・フォレスト”もクワラルンプール同様定着した曲で、ここら辺がこのグループの初期の曲でした。ピアノの音が明晰で切れがよいので、ハクエイのタッチもお解りいただけると思います。その後の杉本さんのベース・ソロ、しかし絶対そこを離れないピアノとドラムス、これがトライソニークの魅力なのです。
4曲目はミッシャル・ルグランの“ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング ”で、ビル・エバンス演奏であまりに有名な曲ですが、面白いのは途中のピアノの音のいくつかがエレピみたいに聞こえるのです。録音上なのでしょうが、普段のハクエイの生音より若干硬質に感じます。
5曲目はまたまた杉本さんのベースソロで始まる、私的には最近お気に入りのオーネット・コールマンの“バード・フード”ライブではもう少し高速になって、よりぐいぐい来るように感じますが、このアルバムの演奏が面白いと思った方は、ライブではもっと燃えますよ。
この後のオリジナルがトライソニークとしては新しい曲で、6曲目、出だしハクエイのもう一つの魅力、情感に富んだピアノ・ソロから、広がりのある世界を作っていくのです。
7曲目は“Hidden Land”で一,二番目に新しい曲でしょうか、今もパターンが変わりながら演奏されているように思います。このアルバムでこれをよく聴いて、ライブでのトライソニークとの違いに驚くのもまた楽しいと思います。
8曲目はデスモンドの“Take Five”。トライソニークが出来たころ、いま“Take Five”アレンジしているのですと聞いていました。これは私も大好きな曲、こと曲を演奏もしくはアレンジする事はある意味挑戦でないでしょうか。
そしてこの“Take Five”最初の2009年11月のJB Bratの演奏から、ずいぶん変わってきたと感じます。最初はデスモンドの“Take Five”の雰囲気の部分持っていたのですが、今では完全にハクエイの“Take Five”です。このアルバムの演奏は、面白いことにちょっと遠慮した感じで中間の“Take Five”みたいで面白いです。
ハクエイのここのところのアルバムでじは、最後の曲は落ち着いた、遠くを眺めるような曲が配されてきました。この“ジ・アーキオロジスト”でも深みのある杉本さんのベースとの絡みがすばらしい。
去年の6月ごろに出来た曲ですが考古学ということらしいです。
ハクエイの飛んだ発想では、「自宅に帰った命題に悩む考古学者が眠りに付くと、部屋のすべてのものが考古学者の口の中に吸い込んでしまったら答えが見つかった」だそうです。
当時演奏を聴いていて、私も答えが見つかりました。
考古学者、もちろんハクエイのことですが、頭に渦巻くハーモニー、ハーモニー意識を口の中にすべて吸い込むと答えが見つかるのです。それが右手で弾くメロディ、まさに自分のことを曲にしたのでした。
トライソニークへの、この一年あまりの思い出が沸き返る、感慨深いアルバムで、ホッとすると同時に身の引き締まる一枚になりました。
こんなことをしたいと望んでここまで来た、そしてこのアルバムが形となった。
演奏者は、常に次の姿を見せていなければいけないと思う。
ハクエイがインタヴューで語るように、「このアルバムと同じ演奏をしようとは思っていない。うまくいかなくても、このアルバムを破壊するような演奏に挑戦していきたい。」(すみません立ち読みなので、正確ではありません、要約です。)
このアルバムはハクエイ・キムと「トライソニーク」の実にすばらしい面を見せてくれています。もちろん今のトライソニークのエッセンスになっています。でも「トライソニーク」は変わろうとしているのです。
そこを楽しむ事こそ、今のJAZZを楽しむことで、その最高の素材がここにあるのです。
何日間か煮詰めてた気分で書いたら、ずいぶん大げさなものになってしまいました。申し訳ありませんが、ファンの一人です。
独りよがりのことは切り離して、特等の席で聞いているようなバランスと音で、今のJAZZの特上の息ずかい、それが届いているアルバムだと思います。
さて、でもずいぶん有名になってしまって、アルバムにもサインもらいづらい。
ガードがきつくなって話す機会も今年は減りそうですね、うれしいやら、かなしいやら。
いや、まずは、めでたい、皆様、ぜひお聴きください。
追伸
今になっては昨日か、1/22東京テレビ系 「美の巨人たち」が放映されていました。
この記事を書いていて最後のほうだけ観ることができましたが、とても格調高い素敵な番組でした。
そしてエンディング・テーマは“Trisonique"素晴らしい絵画が加わって満たされました。
Trisonique / Hakuei Kim
ハクエイ・キム - piano
杉本智和 - bass
大槻“KALTA”英宣 - drums
1. トライソニーク
2. クアラルンプール
3. ホワイト・フォレスト
4. ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング
5. バード・フード
6. ディレイド・レゾリューション
7. ヒドゥン・ランド
8. テイク・ファイヴ
9. ジ・アーキオロジスト