変化がある証券化を例の「餃子」作りになぞらえてとりまとめます。<o:p></o:p>
1. 専門化<o:p></o:p>
証券ではCDOなど、複合した過程で、それぞれが専門化しているものが証券化されている。もともとの資金(種)と債券・債務の仕組み(生産者)、そして証券化(流通者)この専門化が分かりにくい。更に格付け(銘柄)の公平性も揺らいでいる。<o:p></o:p>
(不動産はそれほどでもないが、「所有」と「運営」の分離が提唱され、最近は「開発」と「証券化」が追加された。おかげで、開発(ディベロッパー)、運営(オペレーター)、所有(インベスター)の垣根が出来た。つまりは農業では誰が蒔いて、育てて、販売しているのかが分かりにくい状況となっている。専門性が高くなるのだから合理的との判断もあるが、知恵や責任が分離され、都市開発としての専門性が育たない可能性もある。これは開発・運営・所有のフェーズによる分断ではないだろうか。専門化というが、専門性とは互いのフェーズのやり取りがないと良いものが出来ないのではないか。)<o:p></o:p>
これが原産・生産者・流通者がよく分からない「食材」(白菜、キャベツ、大蒜、生姜、お肉)となる。<o:p></o:p>
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2. 分離・商品化(不動産では一部あてはまります)<o:p></o:p>
先物の機能の一部がオプション(先物、予約、アメリカ、ヨーロッパ型等)であるが、このオプションのみが取引となっていた。もともと「確率」ものであり、ゼロサム(儲けと損が同じ)である。さらに分離は保証まであり、モノラインやCDSまでが広がった。更に資産担保証券(CDO)で借入金のレバレッジが出来るようになった。出来たのは借入れが継続して出来るという楽観の前提での短期と長期の金利鞘取りである。(ずっと低利の短期で借りられれば、長期との鞘取りが出来るのは当たり前である)<o:p></o:p>
これがお味を美味しくする化学調味料である。<o:p></o:p>
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3. 証券化<o:p></o:p>
細切れにてから(トランシェ その他)、混ぜ合わせ(オプション付加、ファンド化、ファンズ・オブ・ファンドもある)、皮で包む、更に「皮」で包み、格付けを取る。これで立派な「餃子」の完成で冷凍して幅広く売れる。<o:p></o:p>
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この結果、たまたま(例えば)白菜に農薬が残留していたことが分かれば、餃子は回収する必要がある。となると餃子より、混ぜ物が分かり、つくりおきではなさそうな青椒肉糸や酢豚が好まれるようになろう。餃子の製造者はこういうのに慣れていないのでたじろがざるを得ないというのがある。<o:p></o:p>
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4. 不動産での今後の対応の方向<o:p></o:p>
不動産の証券化は、上記の3のみであり、かつ保有不動産も明示されているので「餃子」にはなっていないと思われる。但し、昨今の収益力低下で相応の含み損が発生している懸念がある。なお、不動産の種類で証券化に馴染むものと馴染まないものがある。複合開発かつ複合所有権、借地などの用途・権利・関係者の輻輳した案件は所有の複雑性があるので証券化がそうとうであろう。次に、複合開発でも、棟毎に分節した連立型の開発では専有部分は単独所有、共用部は証券化も一部可能(基本的には専有部分に付属)となろう。単純所有は証券化より所有が望ましい。というのも、権利関係や仕組みが複雑な開発ほど鑑定評価は下がるため割安であり、証券化で資金を幅広く調達したほうが望ましいと考える。<o:p></o:p>
(拙論をご参考に:都心更新プロジェクト http://www15.plala.or.jp/n7ohshima/toshinnkousin.pdf )<o:p></o:p>
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今後の都市開発はやはり責任あるデザイン(景観を形成する責任がある)、運営のために転売の禁止や証券化禁止の入札条件の付加などが望まれる。また、開発前、開発内容へのパブリック・オピニオンの反映も欠かせない。それに対応できるディベロッパーと所有者が望まれよう。<o:p></o:p>