この10年程(2009年から)、夏に堺まで足を延ばし、お昼を食べて、予約してある宿院のかん袋でくるみ餅を買い、深瀬壽しで穴子壽しを買い、クーラー・バッグの重さにあえぎながら南海の湊まで歩く。
もともとは堺の近くの羽曳野に20代に5年間住んでいて、車でゲコ亭の朝食、デザートのかん袋、お昼の深瀬壽し、または美々卯の小町(堺系にしかなかった)、途中の焼肉はやや藤井寺のBig Joeにもよく行ったのは30数年前。この名残で京都からの買出しが始まった。しかも夏は穴子の旬で、京都のお盆の御挨拶として穴子好きが多い親戚に配った。深瀬壽しもかん袋も日持ちがしないためクーラー・バッグ持参の上、買いに来るしかない。なお、深瀬壽しでは初め、京都までならクーラー・バッグが要るとのことでお店の手持ちを買った。凍らせたペット・ボトルが保冷剤にくれるが重い。
深瀬壽しの女将が入れ間違え、駅まで追いかけてきて穴子巻きをもらったのが昨日のようだ。お昼には、移転前のニューとん助(住之江:ニンニク入りソース、スープが強烈)、トミー・パートⅡ(大盛)、浪花亭、寺地町のとん助、まつ本(烏賊の鉄板焼き)、ひだまり庵(2回:行列の肉丼)、やろく、などで、夜が寿司のため洋食が多い。
深瀬壽しの穴子は上穴子主体にした。配る親戚も増えて今回は13本、1万6千円程。かん袋も5箱で6千円、重いのを下げて、暑いうえに陽射しが照るなか歩く。
初めは阪堺線で昔住んだ北畠を懐かしむ天王寺経由で往復だったが、復路は南海線湊から天下茶屋、堺筋線乗り入れで淡路、阪急京都線で帰るのが混まない上、乗換えも楽と分かったためこれにしている。
今回は還暦の絵葉書もあり、お礼が多かった。
深瀬壽しの穴子の大きい女郎寿司のような上穴子としっかり握った穴子握りの差が面白い。穴子が口にたっぷりと鮨飯と穴子がまじりあいほろりの違いだ。野島の穴子で有名な千駄木の乃池より味が軽く、ツメもひそやかだと下の子供と話す。
深瀬壽しで還暦だから今年で打ち止めというと、女将も握りの3人の大将らも「まだまだ、これから!」と励まされる。夏の京都からの買出しで定着しているので気軽に続けよう。来年は絵葉書も記念に。