1
ある男の頭にやどったリンゴ館を出て
べつな男の頭にやどるリンゴ館に入る。
ぼくらはシーズンに応じてウェアを取り替える。
穴だらけの茶色いヒューモア 水っぽい水いろのウィット
そしてピカピカ光る銀いろのアイロニー。
詩は定義したとたんに死ぬことを知っている。
リンゴ館は昨日は居心地がよかったのに
今日はよくない。
明日はどうなんだろう?
2
夢の中でぼくが置き去りにした女が大きな声でだれかを呼んでいる。
深夜の町角で火災があり 空を紅蓮の炎がこがしている。
足利や桐生からやってきた見物の人たちの影が
路上にむすうの影法師をつくってゆれ ゆれゆれる。
ひとつの影法師が隣の影法師に愛をささやいている。
それは昨日までのきみやぼくに似ている。
炎に身を投げる蛾の饗宴が果てたあと
青いシャツの少年が焼け跡にひとりうずくまっている。
さて ここらで水を一杯もらおうか。
3
数種のアゲハチョウが詩の比喩の中から羽化し
ぼくの眼のはしをかすめ リンゴいろの蒼穹の彼方へと飛び立つ。
どこからかやってきて どこかへと立ち去るもの。
それを見送るためにつくられた北の駅のホームに立って声を出さずに笑い
涙ぐみもしないで眼をこすり・・・
またときにはことばをさがして躍起になったり 写真を撮ったりする。
他人の善意をあてにしてはならない。
テレビも政治家もパスポートも・・・あてにはできない。
たとえばテーブルの上に置かれた一個のリンゴのたしかさにくらべて。
4
こんなふうに書いちゃいけないのだな たぶん。
人は無意味にはたえられないから いつも意味の鍵穴をさがしている。
そこからのぞいて あるいは鍵をさしこんで小箱をあけようとしているんだ。
小箱の中には小箱があり その中にまた小箱が・・・。
つぎにはその小箱から抜け出そうともがき もがきもがく。
だれかが拳銃をぶっぱなし だれかを殺す。
「おれがさがしていたのはこれなのか?」
途方にくれながら 死体に似たものを抱きおこす。
5
きみは食べることができないリンゴの向こう側から穴を掘り
ぼくはこっちから掘る。
そのくりかえし。
その穴は決してまじわらない。
意味はすれ違いの中でやりとりされる。
意味はレシピじゃないし
エレジーでもラヴソングでもない。
さっきまで大勢の人びとの跫音が聞こえていた。
いまはしんとしずまり返っている。
ぼくらのあいだに置かれた眼に見えない穴だらけのリンゴ。
かすかな香りがリンゴの存在を証明している。
※詩と写真は直接の関係はありません。