二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

ブラームスの4個の宝石

2012年07月29日 | 音楽(クラシック関連)

《ブラームスには、表面のあの謹直そうな容貌のかげに秘められた、濃厚な官能的なものへの憧れがある》(吉田秀和)

2012年5月22日に、音楽批評の世界に巨大な足跡を残した吉田秀和さんが、98歳のご高齢で逝去された。
わたしのように、この人のことばによって、音楽の聴き方を教えられたファンは、日本中にかなり大勢いるに違いない。NHK「クローズアップ現代」でも取り上げられていたのを、見た方もおられるだろう。

この2、3日、あまりの猛暑のため、外出をひかえて、エアコンの効いた部屋で、ブラームスの4個の宝石ばかり聴いてすごした。
昨日、群馬県館林市では、最高気温38.4℃を記録。
こちら前橋でも陽炎がたっているように、風景がゆらめいて見えた。

ブラームスの4個の宝石とは、交響曲1番から、4番までをさす。
この4曲こそ、世界にあまた存在する楽団の至宝であり、ドル箱であるということは、数日まえに日記でも書いた。

その中から、わたしはCDラックをひっくり返し、ホ短調のシンフォニーを、何曲か聴いた。

1.フルトヴェングラー&ベルリン・フィル(1948年)
2.J・バルビローリ&ウィーン・フィル(1966年)
3.C・クライバー&ウィーン・フィル(1980年)
4.カラヤン&ベルリン・フィル(1988年)
5.ギュンター・ヴァント&北ドイツ放送響(1997年)
6.ダニエル・ハーディング&ドイツ・カンマーフィル・ブレーメン(2001年)

わたしのCDラックにあるのは、この6枚だけ。
かつてわたしの“名盤”だったのは、C・クライバー&ウィーン・フィルの80年ライブレコーディング盤だった。
これを聴いたあとで、バルビローリを聴くと、テンポが遅いことが影響しているのか、もたついて感じる。しかし、今回聴きなおしてみると、これはこれで、スケールの大きな、巨象の足どりにも似た音楽の羽ばたきを堪能することができる。
フルトヴェングラーの48年版は、ベルリン包囲の最中に行われた演奏会のもので、音源は決していいとはいえないが、ベルリンをめぐる米ソの緊張を反映した“名盤”として、わたしにはやっぱりはずすことのできない一枚である。
一方、カラヤンやヴァントのものは、巨匠の最晩年における円熟の境地を、じっくりと味わうのに適している。

昨晩、気怠い体をリビングに横たえて耳をすましながら、第4楽章、あのフルートの独奏部に、わたしはまた涙がこみあげるのを抑えることができなかった。
悲しいのではなく、泣く・・・というのでもない。
晩秋の色が濃くなる景色の中で、ブラームスは官能の炎に胸を焼かれている。
“悔恨の情”が、これほど美しい旋律に結晶した例を、わたしはほかにあまり知らない。

ロマンチックなのに、ロマンチックではない。
悲しいのに、悲しくはない。
うれしいのに、うれしくはない。
ブラームスの愛はくすんでいて、歯がゆいほど内省的・・・しかしほかでは味わうことができない、ブラームス的な鮮烈な香りを、しばしばほとばしらせる。 
北ドイツ・ハンブルグの貧民窟といっていいような街に生まれたブラームスは、シューマンにその才能を見いだされてから着実に仕事を積み重ねて、やがてバッハ、ベートーヴェンとあわせ「三大B」と称されるような地位にのぼりつめてゆく。

しかし、なんという孤独な生涯だったことだろう。
第2楽章冒頭のあこがれに満ちた明るいホルンの響きは、しだいに瞑想の色に染めあげられていくが、このあたりにわたしはブラームスの眼に映る「晩秋の景色」を、しみじみ感じずにはいられない。

カラヤンが死に、ヴァントが去り、ことば本来の意味では、巨匠たちの時代は終焉をむかえてしまったようにおもえる。しかし、彼らはすばらしい音源をたくさん残して立ち去っていったのである。
指揮者は一音も発しないが、その存在感は、曲の隅々にいたるまで満ちわたっている。
むろん、それがシンフォニーを聴くものの最大のよろこびである。

拍手に見送られて、一人の男の後ろ姿が、舞台の袖に消えてゆく。
足をひきずるように、嗚咽をこらえているように、万感のおもいをこめて響きわたるような第4楽章の開始部に耳をすましていると、わたしの脳裏にそんな光景が彷彿としてこみあげてくる。
「いいのだ。これでよかったのだ。ほかに、なにができた?」

ブラームスの4番ホ短調の交響曲は、この世への最後の挨拶として取り上げるにふさわしい、名曲中の名曲である。

つぎつぎとCDを聴きながら、、「感情移入しすぎてますなあ」と笑われるかもしれないけれど、そんなことを考えた。

☆C・クライバー
http://www.youtube.com/watch?v=ADSbiPY-EiE
バイエルン国立(州立)管弦楽団を指揮したときのもの(: 1996.10.21)
☆ 同 第4楽章
http://www.youtube.com/watch?v=r9bSOAwOfSY&feature=fvwrel
(フルート独奏部で見せるクライバーのしぐさや表情をお見逃しなく)


☆ブラームス交響曲第4番 新譜(現役指揮者)聴きくらべ情報
http://www.kapelle.jp/classic/greatCDs/rattle.html


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