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日記を振り返ってみたら、軽井沢へいったのが、7月20日。
ほぼ2ヶ月、街撮りから遠ざかっている。
この夏の猛暑にめげて、とても長時間、日盛りの町筋を歩くなんて気にはならなかった。
自由時間はもっぱら部屋にこもって暮らしたので、たくさんのクラシックCDと詩がわたしの手許にやってきた。
連休だったが、一昨日は雨、昨日は雨があがって、またまたきびしい残暑^^;
昆虫写真はもうシーズンOFFなので、街撮りへ復帰したいのだけれど、切り替えのタイミングがむずかしい。
わたしはシリーズものの写真として「植物図譜」をやっているけれど、このあいだ、緑の写真を撮った。トップにあげたのがそれ。
ボケがきれいなので、PCの壁紙に使おうかな・・・と、以前なら考えたろう。
ついでに、“緑”をテーマにした写真をアルバムからさがしてみた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/9c/f080e314ad7e6f067ff1f8487aa9685a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/c7/a445b2fec1dc55243e652f6f4de23a30.jpg)
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今年の夏は高温だったせいか、草がよく生い茂って、草とのたたかいは、例年にましてきびしいものがあった。
屋敷まわりはもちろん、管理物件の敷地や駐車場へ草刈り機をもって出動!
そして、汗みずくになって、日に焼けて帰ってくることのくり返し。
クルマもエアコンが効いてないんじゃない? というほど焼けていたから“木陰”のやさしさをまざまざ痛感した夏となった。
中国やインドの数億のエネルギー消費量が激増していることを考えると、わたし一人が省エネにはげんでもどうにもなるまい。アイスクリームや、冷やしトマトをよく食べ、スポーツドリンクを飲んだ。
強烈な紫外線、気温。緑はそういったものをさえぎってくれる。
郊外へ出ていけばわかるけれど、単に木陰にはいっただけで、肌にすずしさがおとずれる。
昆虫たちも、日盛りには木陰ですずんでいる連中がいる(^_^)/~
生れ育った風土にUターンし、そこで暮らしている。
そこにある・・・という場合の「そこ」とは、上州のこの風土以外のものではない。
緑をテーマとした写真を眺めながら、そんなあたりまえのことを考える。
しかし、つぎの一歩をどうしよう。
残された時間はそう多くはないし、やりたいこと、やらなかればばらないことは、山積――している。
「日暮れて道遠し」って、だれがいったのだろう?
いま聞こえているのは、若いころから大好きだったシューベルトの弦楽四重奏曲第14番ニ短調(死と乙女)。
演奏はウィーン・コンツェルトハウス四重奏団、古っ(笑)。
かつてはあまりに感傷的すぎてどうも――な~んて生意気をいっていたけれど、これはベートーヴェンゆずりの深い“歎きの歌”なのである。
シューベルトにあっては、歎き・悲しみが、こんなに美しい室内楽に結晶したわけである。
いまなら、わたしもだれに遠慮することなく、こういった曲にしばし心身をゆだねていられる(~o~) 心の端っこの、少し擦切れた部分が共鳴し、ふるえているのを感じながら。