二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

永井荷風と「ぼく東綺譚」と散歩

2011年11月26日 | Blog & Photo


永井荷風は森鴎外を「先生」と慕っていた。
しかし、いま、彼がどのくらい読まれているかは、大いに疑問がある。
芸者話などがたくさんあって、そういったものはすでに滅亡してしまった文化なので、いまの世代には、馴染みにくい。
昭和20年代後半に生まれたわたしですらそうなのだから、若い世代なら当然だろう。

鴎外は11歳で東京帝大に入学した、破格の秀才である。医学博士であり、文学博士である。公務員として出世の頂点を極め、陸軍軍医総監になり、その後、帝室博物館(現東京国立博物館)等の館長・総長を歴任した。
鴎外が上昇志向をもった人間の生涯だったとすれば、同じ士族の末裔で、時代を代表するインテリだった荷風は、いまでいう、下流志向者として、その生涯を送った文学者で、その対比は、まことに鮮やかなものがある。
岩波書店から、えらく立派な「荷風全集」が、数次にわたって刊行されているけれど、わたしはほとんど読んではいない。

ただ、ほんの数編、愛してやまない作品があって、自分が散歩を思い立つと、まず思い出すのが、この荷風さんである。
その代表作とされる「濹東綺譚」(木村荘八さんの挿絵がすばらしい)は、岩波文庫で、3、4回読んでいるし、mixi、gooブログにレビューも書いてある。そして「日和下駄」「葛飾土産」「深川の散歩」。
著作権がきれた戦前の作品は、「青空文庫」からダウンロードして読むことができる。
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1341.html

アメリカ、フランスを遍歴したあと、震災に遭い、敗戦にも遇って落魄した老年の荷風をささえた江戸情緒への慕情は、晩年になって、いくつかのすばらしい果実をもたらした。
時間をつくって、また荷風を読もう。
わたしはめったに‘文学散歩’はしないタチだが、「東京紅団」に、荷風の足跡をめぐる、詳細なレポートがある。
http://www.tokyo-kurenaidan.com/
http://www.tokyo-kurenaidan.com/kafu-10.htm

国文学の研究者が書いたような本ではなく、川本三郎さんや、松本哉(まつもとはじめ)さんの本を手がかりにしていくのがいい。
わたしの散歩は、ごく単純にいってしまえば、この荷風の散歩をはるか遠くに見わたしながら、赤瀬川原平さんの「路上観察」をくわえたものである。
そういった先輩たちから、「街角散策」の方法を教わった・・・ということになる。

「濹東綺譚」や「日和下駄」は、近年になってめざましい再評価をうけて、読者が年々ふえているようで、わたしなどはよろこんでいる。団塊の世代が老年をむかえたため、世の中に60代の老人がふえたこととも関連があるだろう。彼らは(そしてかくいうわたしも)荷風を読んで「身につまされる」経験をしている。
世の中をどう見ていたのか、どういった自己認識をもって生きていたのか、女性をどう見て、どう接していたのか、散歩の極意とはなにか、四季の移ろいや、世の変遷をどんなふうにとらえていたのか――それは、本の中に、すべて書かれている。

当時のこととて、神田で仕入れた稀覯本などを風呂敷につつみ、浅草のストリップ小屋の楽屋にまで入り込んで、孫ほど歳のはなれた裸同然のストリップ嬢から「まあ、センセ、たまにはおいしいものを食べにつれていって」とせがまれ、やにがっていた荷風を、蔑視しようとは、わたしは思わない。文化勲章の受章者で当代きっての文人であろうがなかろうが、踊り子たちには、なんの関係もない。荷風はそれをよろこんだのである。
「濹東綺譚」の中で、別れを決意したあと、ついにたえきれなくなって向島に出かけてゆき、物陰から、こっそりと、客引きをする彼女を見ただけで、悄然と帰途につく主人公の断念のありように感動できるか、できないかが、この作品の良否を分ける。

現代のフェミニストなら「許しがたい男の身勝手」ということになるかもしれぬが、わたしはフェミニストではないから、このシーンを読み返すたびに、まぶたが熱くなる。

孤独死したとき、銀行の通帳に数百万円もの預金がのこされていた。
これが、スキャンダルになり、マスコミをにぎわした。
「なんだ、荷風は、お金の亡者だったのか。金しか、信じるものがなかったのか」という非難は、当時から盛んにおこなわれていた。1959年(昭和34)4月、79歳であった。

「敗荷落日」の中で、荷風のような人を「陋巷に窮死した」と激しく食ってかかった石川淳さんのような文学者もおられるが、あれは逆説的なオマージュであり、石川さんの本音は、ことばのうらににじんでいるのが、いまふり返ってみると、なんとはなしにあわれをさそう。



黄色、緑、白(クリーム色)・・・そして青空と樹影。
隣り合ったイチョウの木なのに、どうしてこれほど色が違うのだろう?
この光景が眼に飛び込んできたとき、わたしはある衝撃をうけた。

トップにあげたのは、通勤途上にこのところ、毎日見かけるおばあちゃん。
近所の畑に通って、野菜をつくり、それをこの「乳母車」に入れて、自宅に持ち帰るところ・・・ではないかと、わたしは観察している。
このおばあちゃんが生きてきた半生のようなものが、そのたたずまいの中ににじんでいる。
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