二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

あのトランクを手にして(ポエムNO.3-32)

2020年02月27日 | 俳句・短歌・詩集
高齢の老人であることは それだけで
それだけで悲しいこと。
体の自由がきかないだけでなく 眠ったらつぎに目覚める保証はない
・・・という境遇の底の方にうずくまっている。

半分座礁しかかった船の乗組員に
波は青黒いしぶきをあげて
どどん どどんと襲いかかる。
エンジンはとうに壊れてしまったのだ。

丘陵の向こうから聞こえてくる鐘の音
鐘の音。
あんなところにも寺があったのか。
寝返りをうつとそこに

そこに二十年前 三十年前の光景が広がっている。
まだ若く しなやかな長い髪をした恋人や
風になびいて花粉をまき散らす背高あわだち草の群生や
日が昇るとこまかな影を生む無数の砂粒。

いろんなものがこっちを見ている。
それを見つめ返す。
ごほんごほんと咳き込んで
錠剤となった黙示録をいやいやのみ下す。

もうすぐだろう
あたらたな光が射してくる。
ムクドリがけたたましく鳴いて どこか遠くへ飛びさる。
灰色の制服を着たギャングどもが つぶてのように。

そうだ あのトランクはどこへいったろう?
大事なものがしまい込んであった あのトランク。
それを手にして あのなつかしい
なつかしい路地の奥へ

老人はでかけていくつもりなのだ。
ほとんど眼をつぶったまま。
その方が躓かなくていいのだ。
そしてまた 今度こそしっかり眼をつむる。

つむる。

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