ニュージーランド移住記録:日記「さいらん日和」

2004年に香港からニュージーランドに移住した西蘭(さいらん)一家。子育て終了、仕事もリタイア。好きに生きる記録です。

善くん危機一髪Ⅱ

2009-09-24 | 海外子育て
(後出しでしかも前日からのつづきという二重に複雑な記事です)

胸騒ぎの春分の日
が現実となってしまったものの、善(12歳)は一傍観者で済み、
親としては腰が抜けるほど驚いても、本人はおやつを食べ、新聞配達のアルバイトを済ませ、元気に日本語補習校へ行きました。

補習校の送迎は比較的近所に住む数軒の家と「カープール」と呼ばれる乗り合いにしており、昨日のお迎えは夫の当番でした。かなり風雨の強い中、最後のお子さんを送り終え、夫と善が家路に着いたときのことでした。

セントヘリアス・ロードという大通りとは言えないものの、住宅街の中心を走るそれなりに大きな道を走っていると、横道から一時停車もしないで、制限速度の時速50キロかそれ以上で走るクルマが突然目の前に現れ、ブレーキも踏まずに通過していったのです!!!!

雨の中、急ブレーキを踏み、クラクションを鳴らすのが精一杯の夫。
クルマはクラクションにもブレーキを踏むことなく行ってしまったそう。

特に逃走中?!という感じではなく、交差点であることにまったく気付かないような走り方だったそうです。


(昼間は視界のいい道なのですが・・・→)


「あと1秒早かったらボンネットに突っ込まれ、
2秒早かったら善には、いや2人ともかな?には会えなかったかもね。
今まで運転しててこんなに危ない目には遭ったことないよ。」

と言う夫の話を聞いて、夕食もろくに喉を通りませんでした。

そのスピードで真横からぶつけられたらエアバックでは守れないでしょう。
「反対車線に押し出され、対向車が来ていたら・・・・」
と思うだけでも身震いがしました。

さすがに家族全員、意気消沈。
善も夫も無事で、クルマも無傷だったことにただただ感謝しました。

何気ない日々の周りには、こうした無数の危険が潜んでいる――
ということをつくづく痛感した1日でした。だからこそ家族仲良く、
夜には4人元気な顔を合わせ、その日にあったたわいもないことを話しながらささやかな夕食を囲むことが、どんなに貴重なことか。

当たり前のようでいて、それができるのは、
たくさんの幸運の積み重ね
なのだと思いました。

当事者だった夫が受けた衝撃はワタクシどころではなく、
「遺言を作ろう。」
と前々から希望していた話を持ち出し、さすがにのらりくらりとしていたワタクシも今回ばかりは首を縦に振らざるを得ませんでした。

春分の日2009――
いつまでも記憶に残る日となりました。

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