8時半、起床。今日から3月だ。カレンダーの図柄はパン。3月とパンの結びつきはよくわからない(というのがこのカレンダーの全般的な特徴である)。
チーズトースト、目玉焼き、ソーセージ、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。
本日の『ブギウギ』。「買物ブキ」が披露された。当時の実際のステージが再現されているのだろうか。「買物商店街」? 買物しない商店街があったらもってこいというころだが、実際、「シャッター通り化した商店街」というものがあるから笑えない。
40品目が連呼される。魚屋で「鯛に 平目に かつおに まぐろに ブリにサバ」、八百屋で「人参 大根 ごぼう れんこん ポパイの好きなほうれん草」、これらは一般名詞だが、「マッチにサイダーにたばこに仁丹」と「仁丹」という商品名が入っている。ドラマではこの部分はこのままだったが、1952年の紅白歌合戦で「買物ブギ」を歌ったとき、「仁丹」は何に言い換えられたのかしら。(山口百恵が1978年の紅白で「プレイバックパート2」を歌ったときは「真っ赤なポルシェ」は「真っ赤な車」と言い換えられた)。なお、元の歌詞には身障者を表す言葉が2か所で出てくるが、これは削除されていた。現在、ネットで歌詞を検索しても伏字になっている、当時の紅白では歌われたのだろう。「不適切にもほどがある」時代だった。
歌の終盤、「オッサン」が連呼される。まるで「オッサンブキ」だ。
「オッサン」とは店主(男性)のことである。そして買物をするのは主婦である。戦後は「サラリーマンと専業主婦」の時代としてよく語られるが、それは家族の構造(+二人の子ども)の話で、商店街という地域社会に着目するならば、「オッサンと専業主婦」の時代であった。「奥さん、いいサンマ入ってるよ!」という呼び声はまだ生き延びているのかしら。
昨日のブログを書く。
11時から大学院の社会学コース会議(オンライン)。
12時過ぎに家を出て、大学へ。
昼食は「メルシー」で。
チャーハンを注文する。最近、オムライス人気で、ごはんものが早々に売れ切れになってしまうことがあるのだが、今日は大丈夫だった。ちょっと硬めのチャーハンはスープをかけて食べるとちょうどいい。これが美味いのである。
研究室で学生と面談。
学生が研究室を出ていってから、教授会(オンライン)に参加。
教授会の最後、3月末で退職される先生方が挨拶をされる。研究室を出て、教授会が行われている会議室へ移動する。7名の先生のお話を対面で拝聴する。
上野和昭先生(複合文化論系、日本語学)
梅本洋先生(教育学コース、教育哲学)
千野拓政先生(中国語中国文学コース、近現代中国文学・文化)
高橋龍三郎先生(考古学コース、先史考古学)
内藤正子先生(中国語中国文学コース、中国語語彙・文法論)
宗像和重先生(日本語・日本文学コース、近代日本文学)
村井翔先生(表象・メディア論系、精神分析)
森原隆先生(西洋史コース、近世・近代フランス史)
70歳定年なので、全員70歳である。私より1歳上である。知らなかった(笑)。とくに宗像先生はもっとお若い方だと思い込んでいた。
教授会は5時半ごろ終わり、6時半から文カフェで教員懇親会。改めて退職される先生方から挨拶があった。さきほどの教授会の挨拶とは別の内容である。「M1ーグランプリ」のようにネタを2本準備しておかないとならないのだ(笑)。それぞれの先生と個別にお話をする。どうぞお元気で。
懇親会は8時過ぎのお開きになり、研究室に戻って、テーブルの上を片付ける。日曜日に「ポットリー」のマダムをお招きするからである。
8時半ごろ、大学を出る。
「カフェゴトー」に寄っていく。日曜日の11時に予約を入れるためだが、ついでに一服しようと思っといたのだが、今日は(というか最近は)9時閉店で、ラストオーダーは8時半という貼り紙がしてあった。すでに8時半を10分ほど過ぎている。
でも、大目に見てくれて、アイスココアをいただく。今日のスタッフは私の授業を履修している学生だった。小学生の頃から部活で将棋をやってきたそうで、得意戦法を聞いたら「四間飛車」とのことだった。囲いは?と聞いたら、美農囲い(穴熊ではなく)とのことだった。マスターも小学生の頃から(一時はプロを目指して)将棋をやっていた方だから、こういうマニアックな会話が成り立つのである。
日曜日に「ポットリー」という開店して30数年(「カフェゴトー」と同じ)のカフェのマダムをお連れしますとマスターに告げると、「緊張しちゃうな~」とマスターは言った。本当に緊張している様子である。お見合いしよういうわけではありませんからね(笑)。
9時をちょっと回ったあたりで店を出る。私が本日最後の客となった。
10時過ぎに帰宅。
原稿を読む。
風呂から出て、今日の日記を付ける。
1時半、就寝。