郵便不正事件で大阪地検特捜部が立件して無罪となった厚労省官僚をめぐる検察の捜査と裁判の様子を関係者の公判での証言や裁判中の発言で綴り、冤罪の構図をレポートした本。
検察側証人の供述調書と公判でのそれを覆した証言と取材に対して語った言葉から、検察官が関係者をだましたり脅したりしながら検察の描いたストーリーに合わせた供述調書を作り出していく様子が生々しく描かれています。認めないと刑務所行きとか認めたら保釈で配慮してやるとかいう脅しや取引もさることながら、えげつないのは検察官が現実にはありもしない客観証拠があると騙してそういう証拠があるのなら仕方がないとあきらめさせて虚偽の調書を作っていったこと。いくら何でもそこまでするか、と一般人や私のような検察官に対しても人間的職業的な信頼感を持つ者は思うところですが、この本の出版後に明らかになった、文書ファイルのプロパティという客観証拠さえ検察のストーリーに合わせて改ざんしてしまうという想像を超える事実を見ると、ああいう人たちならそれくらいするだろうなと思い切り納得してしまいます。
同時に、この事件では、被告人が高級官僚で強い意志を持ち続けるとともに、人望があり関係者が次々と証言を覆し、実績のある弁護人も選べ、検察の捜査の詰めが甘く、被告人も含めた関係者が詳細な手帳の記載を残していて、裁判長も無罪判決をいくつも書き「ほとけの横田」と呼ばれているという被告人に有利な要素が多数重なっていました。これだけの条件があればこその無罪でもあるわけで、同じような冤罪でもこういう条件がなければ世間から注目されることもなく簡単に有罪判決で終わっていたと思われます。そういった残酷さと絶望、この事件のようにそれでも真実を明らかにできる場合があるという希望、これが併存するのが現実の社会という認識を噛みしめておきたいと思います。
著者は判決期日の9月10日までに出版することにこだわり、あとがきの日付は2010年7月10日、現実にもギリギリ判決前に書店に並んだようですが、奥付の発行日は9月30日。この日付は編集者が気が利かないってことでしょうか。
それから、最近は小沢支持一辺倒の感のある週刊朝日関係者が、ことあるごとにこの事件を小沢一郎の事件と対をなすように表現し、小沢も潔白・冤罪と印象づけようとしているのが鼻につくのが玉に瑕の本です。

今西憲之+週刊朝日取材班 朝日新聞出版 2010年9月30日発行
検察側証人の供述調書と公判でのそれを覆した証言と取材に対して語った言葉から、検察官が関係者をだましたり脅したりしながら検察の描いたストーリーに合わせた供述調書を作り出していく様子が生々しく描かれています。認めないと刑務所行きとか認めたら保釈で配慮してやるとかいう脅しや取引もさることながら、えげつないのは検察官が現実にはありもしない客観証拠があると騙してそういう証拠があるのなら仕方がないとあきらめさせて虚偽の調書を作っていったこと。いくら何でもそこまでするか、と一般人や私のような検察官に対しても人間的職業的な信頼感を持つ者は思うところですが、この本の出版後に明らかになった、文書ファイルのプロパティという客観証拠さえ検察のストーリーに合わせて改ざんしてしまうという想像を超える事実を見ると、ああいう人たちならそれくらいするだろうなと思い切り納得してしまいます。
同時に、この事件では、被告人が高級官僚で強い意志を持ち続けるとともに、人望があり関係者が次々と証言を覆し、実績のある弁護人も選べ、検察の捜査の詰めが甘く、被告人も含めた関係者が詳細な手帳の記載を残していて、裁判長も無罪判決をいくつも書き「ほとけの横田」と呼ばれているという被告人に有利な要素が多数重なっていました。これだけの条件があればこその無罪でもあるわけで、同じような冤罪でもこういう条件がなければ世間から注目されることもなく簡単に有罪判決で終わっていたと思われます。そういった残酷さと絶望、この事件のようにそれでも真実を明らかにできる場合があるという希望、これが併存するのが現実の社会という認識を噛みしめておきたいと思います。
著者は判決期日の9月10日までに出版することにこだわり、あとがきの日付は2010年7月10日、現実にもギリギリ判決前に書店に並んだようですが、奥付の発行日は9月30日。この日付は編集者が気が利かないってことでしょうか。
それから、最近は小沢支持一辺倒の感のある週刊朝日関係者が、ことあるごとにこの事件を小沢一郎の事件と対をなすように表現し、小沢も潔白・冤罪と印象づけようとしているのが鼻につくのが玉に瑕の本です。

今西憲之+週刊朝日取材班 朝日新聞出版 2010年9月30日発行