東城大学Aiセンター長となった東城大学不定愁訴外来の田口が、高階病院長から「八の月、東城大とケルベロスの塔を破壊する」という脅迫状の調査を指示され、新たに開設されるAiセンターのこけら落としに向けて関係者の対立と思惑に翻弄されながら奮闘するという設定の小説。
「チーム・バチスタの栄光」に始まる著者のメディカル・エンターテインメント田口・白鳥シリーズ第6弾にして最終巻となる小説だそうです。2014年3月には映画化されるとか。私自身は、実は海堂尊作品をまったく読まないままこの作品を最初に読み、ほとんど説明なく1か月前の「アリアドネ・インシデント」(田口・白鳥シリーズ第5弾「アリアドネの弾丸」)とか2年前の碧翠院桜宮病院の火災と桜宮一族の焼死(「螺鈿迷宮」)などが当然の前提として語られることに戸惑いました。ほかの海堂作品を読み海堂ワールドに浸っていることが読者に要求されている作品です。それで、「チーム・バチスタの栄光」から読み進んでみましたが、そうすると、田口・白鳥シリーズが、第3弾「ジェネラル・ルージュの凱旋」までの医療現場を舞台とするメディカル・エンターテインメントと、著者の年来の主張のAi(オートプシーイメージング:死亡時画像診断)の拡大に対して厚労省は引き延ばしを図り警察は妨害し抵抗を続けているということをアピールする第4弾「イノセント・ゲリラの祝祭」以降の作品群に別れ、この作品は後者の警察の陰謀をベースにして解剖医でもあった桜宮巌雄とその一族の怨念を交錯させた最終作と位置づけられること、それとともに、田口・白鳥シリーズの枠を超えて、「螺鈿迷宮」「ケルベロスの肖像」「輝天炎上」と続く3部作の途中の作品でもあるということがわかります。
病院関係者や警察・役人らの派閥対立やいがみ合い・当てこすりの描写が実にリアルな感じがして読み応えがあります。
そして読者の興味を惹き続ける文章力、テンポのいい展開は作者の筆力を感じます。
しかし、主要人物以外の人物造形、この作品で言えば例えば桧山シオンや彦根新吾などに深みが感じられず、ミステリーとしては捻ろうという意欲さえ感じられません。脅迫状があるのに田口の警戒心はほとんどなく、ふつうに読めば「犯人」がここで工作するだろうというのも、またさらには犯人像も予測できてしまいます。
Aiの拡大実施により検視・解剖の未熟・限界により真の死因が見過ごされる(闇に葬られる)のを防ごうという作者の年来の主張が随所で語られ、というかこの作品のテーマとなっていて、社会派的問題提起小説として読むのならば、その目的は達せられているとは思います。しかし、ミステリー作品として読むのには、登場人物の行動に納得感がなかったり人物像が中途半端だったりする上に、肝心のミステリー・謎解き部分が練られていない印象が強く、欲求不満が残ります。前作の「アリアドネの弾丸」がミステリーとしての色彩が強くその点で読み応えがあっただけに、落差の大きさに戸惑います。他方、解決されない謎がいくつか残りフラストレーションが溜まります。そしてその謎解きが、田口・白鳥シリーズでない出版社も違う「輝天炎上」に委ねられていて、それを知った時は、そんなのありかと力が抜けました。海堂ワールドの無条件信奉者なら、楽しみが増えたと思うのかもしれませんが。
「専門職が尊敬されるのは、専門知識を有しているということに力の源泉があったのだが、そうした知識がネットで労せずに獲得できる時代になってしまった。だが検索で得る知識は実体験の裏打ちがないため、あまり有効に機能せず、結局は経験がものを言う専門職の必要性は損なわれていない。だが、素人にはそのあたりの阿吽の呼吸がわからないのだ。つまり“生兵法は怪我の元”という格言を地で行く医療素人が増えているわけだ。」「そうした検索知識の中には、あまりに先鋭的すぎて、臨床現場ではまだとても使いこなせないようなものも混じっている。そんな専門家の説明を無視し、検索知識に固執し、声高に治療方針に異議を唱え、自分の主張を押し通そうとする患者がいる。」(73ページ)。お医者さんも苦労してるんですね。法律家業界でも同じような環境にあるように思えますが。
海堂尊 宝島社 2012年7月20日発行
《田口・白鳥シリーズ》
1.チーム・バチスタの栄光:2014年1月26日の記事で紹介
2.ナイチンゲールの沈黙:2014年1月28日の記事で紹介
3.ジェネラル・ルージュの凱旋:2014年2月1日の記事で紹介
4.イノセント・ゲリラの祝祭:2014年2月14日の記事で紹介
5.アリアドネの弾丸:2014年2月14日の記事で紹介
6.ケルベロスの肖像:2013年12月9日の記事で紹介
「チーム・バチスタの栄光」に始まる著者のメディカル・エンターテインメント田口・白鳥シリーズ第6弾にして最終巻となる小説だそうです。2014年3月には映画化されるとか。私自身は、実は海堂尊作品をまったく読まないままこの作品を最初に読み、ほとんど説明なく1か月前の「アリアドネ・インシデント」(田口・白鳥シリーズ第5弾「アリアドネの弾丸」)とか2年前の碧翠院桜宮病院の火災と桜宮一族の焼死(「螺鈿迷宮」)などが当然の前提として語られることに戸惑いました。ほかの海堂作品を読み海堂ワールドに浸っていることが読者に要求されている作品です。それで、「チーム・バチスタの栄光」から読み進んでみましたが、そうすると、田口・白鳥シリーズが、第3弾「ジェネラル・ルージュの凱旋」までの医療現場を舞台とするメディカル・エンターテインメントと、著者の年来の主張のAi(オートプシーイメージング:死亡時画像診断)の拡大に対して厚労省は引き延ばしを図り警察は妨害し抵抗を続けているということをアピールする第4弾「イノセント・ゲリラの祝祭」以降の作品群に別れ、この作品は後者の警察の陰謀をベースにして解剖医でもあった桜宮巌雄とその一族の怨念を交錯させた最終作と位置づけられること、それとともに、田口・白鳥シリーズの枠を超えて、「螺鈿迷宮」「ケルベロスの肖像」「輝天炎上」と続く3部作の途中の作品でもあるということがわかります。
病院関係者や警察・役人らの派閥対立やいがみ合い・当てこすりの描写が実にリアルな感じがして読み応えがあります。
そして読者の興味を惹き続ける文章力、テンポのいい展開は作者の筆力を感じます。
しかし、主要人物以外の人物造形、この作品で言えば例えば桧山シオンや彦根新吾などに深みが感じられず、ミステリーとしては捻ろうという意欲さえ感じられません。脅迫状があるのに田口の警戒心はほとんどなく、ふつうに読めば「犯人」がここで工作するだろうというのも、またさらには犯人像も予測できてしまいます。
Aiの拡大実施により検視・解剖の未熟・限界により真の死因が見過ごされる(闇に葬られる)のを防ごうという作者の年来の主張が随所で語られ、というかこの作品のテーマとなっていて、社会派的問題提起小説として読むのならば、その目的は達せられているとは思います。しかし、ミステリー作品として読むのには、登場人物の行動に納得感がなかったり人物像が中途半端だったりする上に、肝心のミステリー・謎解き部分が練られていない印象が強く、欲求不満が残ります。前作の「アリアドネの弾丸」がミステリーとしての色彩が強くその点で読み応えがあっただけに、落差の大きさに戸惑います。他方、解決されない謎がいくつか残りフラストレーションが溜まります。そしてその謎解きが、田口・白鳥シリーズでない出版社も違う「輝天炎上」に委ねられていて、それを知った時は、そんなのありかと力が抜けました。海堂ワールドの無条件信奉者なら、楽しみが増えたと思うのかもしれませんが。
「専門職が尊敬されるのは、専門知識を有しているということに力の源泉があったのだが、そうした知識がネットで労せずに獲得できる時代になってしまった。だが検索で得る知識は実体験の裏打ちがないため、あまり有効に機能せず、結局は経験がものを言う専門職の必要性は損なわれていない。だが、素人にはそのあたりの阿吽の呼吸がわからないのだ。つまり“生兵法は怪我の元”という格言を地で行く医療素人が増えているわけだ。」「そうした検索知識の中には、あまりに先鋭的すぎて、臨床現場ではまだとても使いこなせないようなものも混じっている。そんな専門家の説明を無視し、検索知識に固執し、声高に治療方針に異議を唱え、自分の主張を押し通そうとする患者がいる。」(73ページ)。お医者さんも苦労してるんですね。法律家業界でも同じような環境にあるように思えますが。
(2013.12.9記、2014.2.14更新)
海堂尊 宝島社 2012年7月20日発行
《田口・白鳥シリーズ》
1.チーム・バチスタの栄光:2014年1月26日の記事で紹介
2.ナイチンゲールの沈黙:2014年1月28日の記事で紹介
3.ジェネラル・ルージュの凱旋:2014年2月1日の記事で紹介
4.イノセント・ゲリラの祝祭:2014年2月14日の記事で紹介
5.アリアドネの弾丸:2014年2月14日の記事で紹介
6.ケルベロスの肖像:2013年12月9日の記事で紹介