就職先が決まらず自宅事務所で独立開業した新人弁護士の指導役を任された、酔いどれ憎まれ口弁護士の「私」が、新人弁護士が被疑者国選弁護で担当することになった被害者は意識不明で身元不明、被疑者は名前も黙秘の女性という傷害事件の周囲を探るうちに、ある冤罪事件を巡る関係者の抗争に巻き込まれ…という展開のミステリー小説。
新人女性弁護士をいじられ役の相棒に据えた分、デビュー作「天使の分け前」よりも主人公の「私」のひねくれ・憎まれ口の度合いを弱めています。この辺は、「このミス」の選評(「天使の分け前」巻末掲載)で叩かれまくったからかも。司法試験合格者数を増やして弁護士を増やした「司法改革」への弁護士側の怨嗟を前作よりさらに強め、弁護士の経済事情の悪化により人権擁護に取り組む弁護士がいなくなると論じつつもそれでもその道を突き進む弁護士もいることを描いていて、同じ業界に身を置く者としては、気持ちはよくわかります。
現役弁護士が書いたリアリティが売りの作品のはずですが、作品の冒頭まだ始まって3ページ目で、おいおいと思ってしまいました。被疑者国選弁護人として警察署に接見(面会)に行った弁護士の発言「勾留状にはこのように書かれています。あなたは二〇一二年八月……、昨日と言った方がわかりやすいですか、午後十一時三十分頃、福岡市博多区の冷泉公園付近で、氏名不詳の男性に対して暴行を加え」(7ページ)。この設定だと、事件の翌日にもう勾留状ができていてそれを被疑者国選弁護人が手にして接見していることになります。勾留状というのは、警察は被疑者を逮捕から48時間以内に検察官送致し、検察官はその後24時間以内に勾留請求をしなければなりませんが、その勾留請求を受けた裁判官が被疑者に勾留質問をしてから出されるもので、通常の実務では逮捕後3日目に作成されます。それを弁護人が入手するのはさらにその翌日以降になると思います。少なくとも、私が刑事事件の実務に携わっていたとき(2007年まで)はそうでした。法律の規定は○○時間「以内」ですからそれより早くやってかまわないのですが、近年の福岡ではそんなに迅速な勾留状発布がなされているのでしょうか。それに近年の福岡では勾留状の記載で西暦を使う勇気ある裁判官がいるのでしょうか。
この作品では終盤にそれなりにリアリティのある法廷シーンがあり(リアリティの程度については「私」の尋問の評価次第)楽しめるだけに、こういうところはそつなく押さえておいて欲しかったなぁと思いました。
デビュー作でも指摘した作者のサブカル経験年齢ですが、この作品でも矢吹丈の減量失敗をリカバーするための下剤エピソードが(209ページ)かなり無理筋で突っ込まれています。受け狙いというよりも単に作者の趣味なんじゃないかという気がします(それならいっそのこと、いつも出てくる主人公が袋だたきにされるシーンで、「気のせいか、傍で手を叩いて『金、チョムチョムだ』と指示する男の声が聞こえた」とか挿入すればいいのに(^^ゞ)。

法坂一広 宝島社 2012年12月21日発行
新人女性弁護士をいじられ役の相棒に据えた分、デビュー作「天使の分け前」よりも主人公の「私」のひねくれ・憎まれ口の度合いを弱めています。この辺は、「このミス」の選評(「天使の分け前」巻末掲載)で叩かれまくったからかも。司法試験合格者数を増やして弁護士を増やした「司法改革」への弁護士側の怨嗟を前作よりさらに強め、弁護士の経済事情の悪化により人権擁護に取り組む弁護士がいなくなると論じつつもそれでもその道を突き進む弁護士もいることを描いていて、同じ業界に身を置く者としては、気持ちはよくわかります。
現役弁護士が書いたリアリティが売りの作品のはずですが、作品の冒頭まだ始まって3ページ目で、おいおいと思ってしまいました。被疑者国選弁護人として警察署に接見(面会)に行った弁護士の発言「勾留状にはこのように書かれています。あなたは二〇一二年八月……、昨日と言った方がわかりやすいですか、午後十一時三十分頃、福岡市博多区の冷泉公園付近で、氏名不詳の男性に対して暴行を加え」(7ページ)。この設定だと、事件の翌日にもう勾留状ができていてそれを被疑者国選弁護人が手にして接見していることになります。勾留状というのは、警察は被疑者を逮捕から48時間以内に検察官送致し、検察官はその後24時間以内に勾留請求をしなければなりませんが、その勾留請求を受けた裁判官が被疑者に勾留質問をしてから出されるもので、通常の実務では逮捕後3日目に作成されます。それを弁護人が入手するのはさらにその翌日以降になると思います。少なくとも、私が刑事事件の実務に携わっていたとき(2007年まで)はそうでした。法律の規定は○○時間「以内」ですからそれより早くやってかまわないのですが、近年の福岡ではそんなに迅速な勾留状発布がなされているのでしょうか。それに近年の福岡では勾留状の記載で西暦を使う勇気ある裁判官がいるのでしょうか。
この作品では終盤にそれなりにリアリティのある法廷シーンがあり(リアリティの程度については「私」の尋問の評価次第)楽しめるだけに、こういうところはそつなく押さえておいて欲しかったなぁと思いました。
デビュー作でも指摘した作者のサブカル経験年齢ですが、この作品でも矢吹丈の減量失敗をリカバーするための下剤エピソードが(209ページ)かなり無理筋で突っ込まれています。受け狙いというよりも単に作者の趣味なんじゃないかという気がします(それならいっそのこと、いつも出てくる主人公が袋だたきにされるシーンで、「気のせいか、傍で手を叩いて『金、チョムチョムだ』と指示する男の声が聞こえた」とか挿入すればいいのに(^^ゞ)。

法坂一広 宝島社 2012年12月21日発行