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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

歩行という基本動作

2022年07月14日 23時14分39秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 本日もはっきりしない天気、ときどき弱いものの雨が降った。その合間を塗って親の通院の付き添い。午前中に神奈川大学のキャンパスにある生協までいこうとしたが、雨でもあり、そのあとにいったん家に戻り通院の付き添いをすると5000歩を超えそうなので生協行きは断念。
 もっとも急ぐ用事ではなかった。明日の雨の合間に行けるようならば行きたい。午後遅くから組合の会館で会議。生協の近くからの横浜駅行きのバスに乗ればそれほど歩かずに済む。

 しかし歩くという人間の基本的な動作から疎外されるということは、読む・聞く・考えるという基本的なことにこんなにも直結するのかと愕然としている。たとえ杖だけに頼る程度の故障でも行動範囲も狭くなるし、時間もかかる。すべての物差しを変えなくてはならなくなる。
 さらに不思議なことに思考回路にも、読書の気力にもつながる。持続力というか、粘着力というか、考えていることに対する執着力というようなものが減退するようだ。
 これが松葉づえになったり、車いすになったりという事態を具体的に想定することなど到底事前に出来ることではない、と実感している。
 こういうハンディを乗り越えて活躍されている方の努力というのはなかなか理解できなかった。自分のこととして想定というのは難しいものである。
 自分なりの行動パターン、思考方法等々の再構築を作り上げるしかない。

 


「聖母の美術全史」 第2~3章

2022年07月14日 21時37分39秒 | 読書

   

 「聖母の美術全史」の第2章「中世の聖母 涙と乳」及び第3章「ルネサンスの聖母 「美術の時代」の始まりと危機」を読み終えた。

「マリアよりも情報が少なく、曖昧な位置にあった(マリアの母)アンナは古来さまざまな伝承と結びつけられ、その前身であった地母神の記憶を宿す存在として信仰対象の中に残ったのである。」(3.聖家族)

「イタリアでは14世紀初頭のジョット以降、合理的な空間の中に群像が配置され、人間は彫刻のようにな立体感を持ち、生き生きとした表情やしぐさを見せるようになった。ネーデルランドでは15世紀初頭に油彩技法が発明され、精妙な光の表現や細部表現が追及された。聖母マリアも生身の人間と同じように表現され、親しみやすい存在になっていった。‥絵画は神の想像物である自然をとらえ、その美を表現するものだという考えが生まれた。‥芸術家は自然に基づきながら自分なりの工夫やアイデアを表現するのであり、その出来によって作品が評価された。称賛される作品を生みだすのは、中世の無名の職人から、名前をもった芸術家に変化したのである。‥イコンでは、作者ではなく出来や伝承ばかりが重視されたが、この頃から誰が描いたかということが価値基準の一つとなった。」(4,美術としての聖母子)

「ルネサンス期、聖母の絵は、聖母への崇敬や敬慕という動機からだけではなく、美術作品として鑑賞され、評価されるようになる。‥この時点で「美術」というものが成立したといえよう。‥こうした芸術としての評価の頂点に立ったのがラファエロ・サンツィオである。」(4,美術としての聖母子)

「ラファエロの祭壇画は、信仰イメージからイメージ信仰への変化、つまり信仰を表現していたものが、やがて作品自体が信仰の対象となった‥。今日でも人々が思い浮かべる一般的な聖母のイメージのほとんどは、その源にラファエロの聖母があるといってよいだろう。聖母そのものも、芸術作品のテーマであるとともに、信仰の対象であり続けた。ルネサンス期、美術の時代になってますます聖母は、美術信仰の双方が不可分に結びついた存在となったのである。」(4,美術としての聖母子)

 


ミンミンゼミ

2022年07月14日 10時28分30秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 昨日聞いた蝉の超えはミンミンゼミである。書き洩らした。しかし明け方まで降っていた本日は鳴いていない。
 戻り梅雨といった日々が続く。地上に出て来たばかりの蝉は、地上で暮らしている人間よりもずっと面食らっているのではないだろうか。

 午前中は長文のメールをいくつか作成して送信、午後からは所用があり親と外出。その間に神奈川大学の生協まで本の注文をするために出かけたい。これまでならば歩いて20分程度のところであるが、膝が痛くなってからはそこまで行くのが億劫になってしまった。これまでなんとも思わなかった坂道もしんどく感じる。
 まったく歩かないと太腿の筋肉も、ふくらはぎの筋肉も、さらに足の裏やお尻の筋肉も強張ってくる。かといって7千歩も歩くと右膝の内側が炎症を起こしたように痛くなる。筋肉のこわばりが出ない程度にするには軽いストレッチと4千歩程度のゆっくりとした歩行が肝要だと思われる。杖を突いても、背筋を伸ばして、お尻の筋肉を意識するような歩行を心がけている。

 一日に服用する痛み止めは少しずつ量を減らしている。一日の服用する総量は処方された量の4割くらいになっている。